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2005/10/24 (Mon) アルファブロガー フォーエバー(1)

 彼の遺体の第一発見者は、幸か不幸か、わたしだった。
 部屋には物が何もなかった。
 玄関を開けて、まっすぐベランダまで見通せる、この7メートル。視界を遮るものは何もなかった。カーテンも、テレビも、机も、一年中置いてあった扇風機も。
 最後まで人に迷惑をかけないであろうとしたのだろう、彼の遺体は、驚くほど綺麗だった。…死後1週間も経っていたというのに。もちろん、見られたもんじゃない。腐食していく人間の体なんて誰が見たことあるだろう? お医者さんでも滅多にない。グロ画像マニアの領域だった。けれど、血が流れた様子や、体液や、糞尿みたいなものは、なかった。部屋はただ、フローリングと、彼だけだった。

 わたしとパソコンどっちが大事なの、って冗談で訊ねたことがあった。彼は本気で悩んで、きみだよ、と言ったけれど、本当のところは分からない。彼はブログをつけていて、私は気をつかってそのアドレスを知らなかったもんだから、結局彼が隠していた秘密の日記? みたいなものを知ることができなかった。
 気付くと、車の後部座席だった。わたしは慌てて、親友と、両親と、彼の両親に電話をかけていた。かけつけてくれた母親はすぐ警察に連絡し、わたしは、周りがうるさくなっていくのを感じながら、いつしか眠っていたようだ。
 目を覚ましたわたしに気付いた母親は、運転しながら何か言っていた。気休めの言葉だったのかもしれない。もしかすると、あんな男じゃなくてもっといい人がいるわよ、くらいのことだったかもしれない。
 …ついさっきのことのはず。でも。思い出せない。彼の顔。もう”彼”ではなくなっていたけれど、変色した彼の顔(というより肉)を、私の網膜は焼き付けていたはずなのに。

 これから、どうしろって言うの?
 彼の遺体が最後に持っていたのは、携帯でもプレゼントでも遺品でも日記帳でもなく、貯金通帳だった。
 はんこと暗証番号を書いたメモが挟まっていた。
 通帳は、7日前の日付で記帳されていた。わたしに振込みしていたらしい。貯金なんてまったくなかった彼が、部屋のものを処分して稼いだほんの少しのお金。
 手切れ金のつもり?
 笑うこともできなかった。
 この先、どうやって生きていけばいいんだろう。
「ああ、最悪だ」
 わたしはことのとき、ふと思ってしまったことに憤り、車の中で声を上げて泣いてしまった。両親も親友も乗っていたけれど、たぶんわたしは悲しくて泣いてたんだと思っただろう。
 …新しい恋愛ができる。次は幸せになってやろう。
 ――わたしは、そんなことを思ってしまったのだ。さっき見たはずの彼を、もう過去のものだと頭が勝手に処理してしまっていた。

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2005/10/23 (Sun) アルファブロガー フォーエバー(2)

 部屋のものはすべて処分した。パソコンも含めて。
 それまでつけていた日記をすべてフリーサーバのブログに移してから、僕はもう、やることがなくなった。ついに全部やり終えた、という達成感が残った。それは清々しい感じではなくて、何と言うか、ガーリックのポテチを食べて眠った翌朝のような、吐き出しそうな気持ち悪さだった。もう戻れない、という一言が僕の頭の中を巡る。
「それでいいの? ほんとによかったの?」
 頭の中の女神が心配そうに僕に尋ねる。おいおい、っていうかオマエだろ。朝晩は人に死ね死ねって言うくせにさ。昼間だけ綺麗な顔で、透き通る声で、僕に優しくするんだ。もうちょっと頑張りなよ、生きてみなよ、私が見てるから、ぐらいのことをのたまうくせにさ。
「いいんだよ」
 言い訳は既に用意してあった。
 遠い昔に読んだ御話の影響だろうか。
 僕は、自身がまさに今”そこ”に辿り着いたのを感じていた。

 ――全ての御話の行方。
 それはまさに涅槃だ。何と言うか、そう、「先に行って待ってるから」という清々しさは、ちょっとだけあった。

 僕が最後にしたことは、身辺整理じゃない。もちろん、不用品は全て処分した。売れるものは売り、粗大ゴミは引き取ってもらった。でもそれ以上に重要なことがあった。
 ブログだ。
 僕はブログを書かずして生きていけなかった。暇つぶしではなく、アイデンティティでもなく、趣味なんかじゃない。ブログは僕そのものだった。僕がブログだったのだ。コメントがつくわけではない。ネット上で誰かと仲良くなるわけでもない。ただ、僕にとってブログは、いつからだろう、全てだった。
 だから最後の決意を固めてからは、それまでつけていた有料サーバの日記ログを全てフリーサーバにエクスポートした。有料サーバの日記は、僕が料金の支払いをやめればサービスが止まり、アカウントを消されるだろう。それは僕の死を、いや、それ以上に残酷なことを意味するのだ。
 その代わり、有力なフリーサーバにログを残せれば、意味は逆転する。
 僕はつまり永遠になるのだ。
 更新しなくなってから、5年ほどでいい。10年も残れば最高だ。ブログをつけなくなった僕は、”リアル”からも”ネット”からも存在を消す。それは僕の全てが消えるのと同義だ。けれど、ブログのログは残る。僕が残した過去のエントリーは、少なくともサーバがある限り残ってくれる。そして、いつか誰かが見つけて、興味本位に読むかもしれない。そこには僕はいなくて、ただ文字列があるだけだ。けれど、僕が生きた証と、僕が生きた意味と、僕の魂の全てがそこにはあるのだ。

 僕の肉体は滅び、書くということをやめても、言い換えれば、僕の心臓が止まっても、脳が停止しても、魂が残るのだ。
 僕はこの先、”誰か”の中で生きていける。ブログに僕を綴ることで生きていけるのだ。そう思えば何も怖くはない。これは死ではない。再生でもない。終わりでも闇でも気が狂っているのでもない。
 僕は、永遠になる。
 僕は、永遠に生きる。


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2005/10/21 (Fri) アルファブロガー フォーエバー(3)

「苦しさを感じるなら、僕なんて愛さなくていいんだ」

 それが彼の最後の言葉。あたしは可笑しくて可笑しくて、笑いを堪えるのに必至だった。
 あぁ、これがブロガーなのね、って。そのとき初めて理解できた気がした。
 消えていく意識の中で、彼があたしを”女神”って呼ぶ理由も、ちょっと理解できた。まぁそれは当然か。あたしは彼であり、彼の全てなのだ。
 クスクス。それにしても可笑しい。
 アルファブロガーは、最期の最後になっても、人の言葉の引用で自分の気持ちを述べるんだものね。

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2002/08/08 (Thu) それぞれの(4-4)

 キミを愛さなければ殺される。キミに尽くさなければ殺される。だから尽くしてきた。ぼくは心が壊れたことを自覚しているけれど、それでもキミに尽くそうと思う。じゃないと、死ぬから。ぼくが死ななければキミが死ぬって言うだろう。だからぼくはキミが不自由しないくらいのお金を与えて、好きなことをさせる。好きなものを食べさせる。好きな場所へ行けばいい。ぼくはその間に仕事をして、もっとお金を稼ぐから。もっと稼げるようになるから。でもね、どうしてだろう。最近は凄く眩暈がするんだ。吐き気がとまらないし、常に頭が痛いし、足がフラフラするし、手がしびれてるし、食欲もないし、眠れないし、セックスもあまりしたくなくなった。
 ねぇ、誰か、助けてくれよ。
 そう言いたかった。というか言いたい。でも言っても誰も僕を助けることはできないし、誰も助けてはくれないし、助けようとも思わないだろう。だからぼくは、ぼくが死んでしまうまでに…それはきっともうすぐなのだろうけれど…1人でも多くの人に笑顔を与えたいんだ。
 ぼくが死んだ後でいいから、ぼくがここにいて、みんなのために何かをしたんだってことを知ってくれるかなぁ。次に生まれ変わったら、誰か、愛してくれるかなぁ。そもそも愛って何なのかわからないけれど、まぁ、べつにいいや。
 だからぼくは今日も明日も頑張るよ! 愚痴はこぼさないし、(具体的な)悩み事も少ないよ! ちょっとフラフラするけど身体も頑丈だよ! ね、だからみんな、ぼくを、認めて?


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2002/08/05 (Mon) それぞれの(4-3)

 思い切り泣きたいと思った。そうすれば何かが変わるかもしれないと思えた。また新しい力を手に入れることができると信じていた。
 映画を、本を、テレビを、ネットを、全てを「泣き」に繋がるように仕組んだ。感動的なベタベタなストーリーを自分の中に持ち込んだ。失恋もいいと思った。なんでもよかった。涙を流せるなら何でもよかった。

 ストーリーは、全部が白黒で、何を言っているかわからなかった。

 異国だった。異常だった。ブラウン管の向こうで嘆いている人、人のために走る人、泣く人、人々の笑顔、子供、大人、老人、生と死、喜怒哀楽、そんなものが一体、何を意味しているのかが、ぼくには分からなかった。
 ただ全てが絶望に染まっていた。でも仕事をしなければ生きていけない。今月の家賃さえ払えなくなってしまう。いや、電話代も。食費も。光熱費も。明日の電車賃も。何もない。何もないんだ。全てを人のために使ってきた。そうすることが自分にいいと思っていた。
 いや、そうしなければ、ぼくは死んでいた。だから、そうしたんだ。

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