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2002/03/31 (Sun) 七夕

 七夕。
 今日は1年に一回、あの2人が逢瀬できるチャンスです。光の速さで15年かかる距離を、彼は1年待って1日で達してしまいました。ちなみに、電波を飛ばしても15年かかります。つまり電話で一言交わすのに30年かかるわけです。もし物理的に15光年を移動して1年で逢うとしたら、光の15倍のスピードで移動しなければいけません。それはつまり、時を遡ることに他なりません。1年で一回だけ逢う2人は、実は「今」の2人ではないのです。今年の2人は15年前の2人なのです。まぁ、そんなことは関係ありません。なんてったって、愛に距離や年齢は関係ないからです。

 彼女は彼に言いました。
「They need you.」
彼は彼女に言いました。
「I need you.」

 そして彼は選択を迫られます。
 1年間待たされた数億人の願いを叶えるか、15年待たされたたった一人との1日の逢瀬を取るか。重要なのは選択です。理由なんて後から付け足せばいいのです。願いが叶わないと暴動を起こしそうな奴らがいたなら、いい加減ぶん殴って黙らせればいいのです。なんてアメリカの大統領みたいな考え方で、彼は選択しました。

 その答えは皆さんも知っての通りです。彼は時を超えるほどのスピードで彼女に逢いに行ったのです。そして予言は崩れ、人類の願いは叶わなくなりました。
 そもそも、願いを他人に叶えてもらおうなんて考え自体が邪です。まぁ、映画じゃないので「この予言に命をかけてきた」みたいな人はいません、よね。多分。

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2002/03/27 (Wed) 深海

 徴兵制度がこの国で始まって、今年はついに僕らの番だ。一個上の先輩たちは去年、行ってしまった。3年間の兵役……軍隊生活。その間は学校とか職場でも休みとして扱われるから戻ってきた時の生活は今のままではあるけれど、自分が変わってしまうこと以上に、変わってしまうものがある。
 彼女と3年間会えないということ。電話や手紙はできても、面会さえ許されない。それが兵役。「待ってる」なんて言葉は、この3年間に限り何の役にも立たないのだ。
 僕が人殺しの練習をしている間に、彼女はいろんな経験を積んで、もっと優しくなってもっと綺麗になって、そして僕よりもっと彼女にふさわしい人のもとへと行ってしまうのだろう。
 その全ては、偉大なる将軍様とやらのためだ。どうしてこの社会システムに誰も疑問を持たない? ここに欺瞞が生まれない? どうして丸々と太ったエロい中年のために、自らの命を捧げる練習をしなければいけないんだ? 僕らを助けると言ってくれる外国の人たちを殺す練習をしなければいけないんだ?
 彼女もまたあの将軍様とやらのために着飾り化粧をし、艶やかな踊りと歌の練習をして、そして……
 かつて団結して一揆を起こそうとした軍隊がいたらしいが、彼らは正規軍によって一族もろとも虐殺されてしまった。公開処刑だ。だから、もっと大きな力がいるんだ。この国を変えるための決起には、もっと沢山の協力と沢山の力がいる。
 外国ではこのような状況をどう報じているだろう? 僕らのような底辺の反乱を待ち望んでいるだろうか? いつか僕らが決起したときに協力してくれるだろうか? それとも、将軍野郎やその周辺、あるいは貧困の街を映すだけで哀れんでいるだけなのだろうか?
 だから僕らは兵役に行くことを拒否しない。だって、国からお金を出してもらって人を殺せる練習ができるんだ。
 あのてっぺん野郎を殺す練習を、てっぺん野郎の金で、できるんだ。

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2002/03/22 (Fri) ゴーコンクエスト(2)

 ギンの攻撃! 「ねぇ、趣味は何なの? やっぱ映画とか? 最近何見た?」
 ……ミス! ユカは攻撃をかわした! ユカの攻撃! 「別に? で?」ギンに30のダメージ! ミユキの攻撃! 「ていうか面白くないから、黙っといて」ギンに38のダメージ! ナオミの攻撃! 「でさぁ、リュウくんの趣味は? あ、あんたちょっとうざい」クリティカルヒット! ギンに62のダメージ! ギンを倒した!

 激しい攻防が続いていた。
 18時、ついに始まったデビュー戦。歴戦のつわもの2人とパーティを組み、華やかなデビュー戦を飾るはずだったギンは、開始14分で瞬殺されていた。どうやらギンのルックスが足りなかったようだ。攻撃力、素早さはパーティでも随一である男…リーダーのモントには『切り札』とまで言われていた男…が、攻撃を一撃も与えられぬままに撃沈してしまった。
 合コンは戦争だ。モントはそう言っていた。リュウやギンより2つ年上なだけなのに、やたらと大人に見えるモントだ。相当な人生経験があるのだろう。しかしそのモントも今回は見込み違いだったようだ。あるいは、敵としては相性が悪すぎたのかもしれない。
 今回の敵はユカ、ミユキ、ナオミの3人。一流企業、学歴、ルックス、収入、人柄、そのどれもを兼ね備えた者たちが敗れ続けていた、合コン界のモンスターと呼ばれる3人だ。白、赤、青でキャラを立たせながら、3人の連係プレーである「フランス至上主義」で敵をなぎ倒す。3人の服装が国旗の色を思わせる絶妙な連携技だ。しかし、ギンはそれを出させるまでもなく葬られてしまった。とはいえ、席にはついているが……戦闘不能だろう。戦意喪失、それが合コンでの敗北だ。
 では勝利は何かというと、特に何もない。女の子をお持ち帰りするだとか番号をゲットしただとか、そんなことは具体的な勝利ではないらしい。つまり、このバトルの目的は男のレベルアップのためだった。少なくともモント率いるパーティ(あのバーに集まる奴ら)は、自分の向上のために戦場へ赴こうとしているのだから、あまりいいこととも言えない。そもそも合コンが何のためにあるのかもよくわからない。世間的によくわからないのに横行しているせいで(ライトな見合いだ、なんて言う輩もいるだろうがそれはひとつの意見でしかない)、いまでは戦場と化しているのだった。とにかく、このバトルが開始してから20分が立とうとしていた。まだ皆、腹も減っているままだ。というか注文した料理がやけに遅い。居酒屋のくせに飲み物と串焼きしか出てこないとはどういう了見だ。
 マサ、リュウともに今回は楽勝に見えた。なぜなら、目の前の敵はまずルックスで相手を判断するタイプだからだ。今回は自分たちのペースで行ける……そうマサは確信し、ギンのことなど始めからなかったかのようにバトルを続けた。
 リュウもニコニコと笑いながら地道に攻防を繰り返している。しかし、彼はひとつのことを考えていた。
 モントがこんなことを続ける理由は何なのか。以前、少しだけ聞いたことがある。最強の敵を倒すための最強のパーティが必要なのだと。それ以上のことは知らないが……、とにかくここは戦場。自分は戦闘員。
 まずは目の前の敵を倒すことだけを考えよう。

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2002/03/20 (Wed) ゴーコンクエスト(1)

 7月31日、16時50分。決戦の時が迫っていた。
 知り合いの店長がいるバーに集合し、作戦会議を始める。今日のパーティは最強の布陣を揃えていた。
 店長のモントはコップに氷だけを入れて3人を待っていた。水も出さないのが奴らへの礼儀、というか自身のプライドみたいなものだった。狭い店内の一番奥の席にすでに2人が来ている。遅刻などしたことのない2人だ。今回の強敵も、あの2人がいればなんとかなるはずだ。残すは切り札のあの男。今回がデビュー戦という不安はあるが、あの男の持っている何かはこの2人にも通じるところがある。何より、モントはあの男をよく知っている。
 暗い席で氷の入ったコップをクルクルと回しながら、マサは遅ぇなと退屈そうに呟いていた。その隣で携帯と睨めっこしているリュウは、ときどき氷を噛んではバリバリと音を立てている。
 ギィ、とドアが開いて、最後の男、ギンが現れた。モントが声をかけようと思った時には既にギンはリュウとマサの隣に座っていた。いつもながら行動が早い。その動きの速さはパーティ随一だ。
「…悪い。ちょっと遅れたか」
ギンが口を開いた。平静を装ってはいるが、肩で息をしているようだ。走ってきたのだろう。ギンは電車で3駅以内ならどこへでも走っていく、それがポリシーだった。
「まぁいい。時間だ」
リュウが携帯をテーブルに置いて指差す。17時ちょうどだ。
「マスター、今日の作戦についてだけど」
マサは顔だけ後ろを向いてモントに話しかける。モントは3枚のコピー用紙を持って3人がいるテーブルへとゆっくり歩いていく。
「今日の敵は3人」
モントがそう言うと、ギンは「1人1殺だな」と笑った。
 モントはギンを睨みつけるように席に着いた。テーブルの上にコピー用紙を置く。A4の用紙に、今回の敵のデータが簡単に書かれていた。
「今日は前哨戦に過ぎない。ギンのデビューを艶やかに飾るためだけのものだ」
「やらせ、ってことですか?」ギンがモントを睨み返す。
「そうじゃない」モントはメモを見ながら呟く。
「とりあえず」マサが張り詰めた場の空気を切るように大声で言った。
「俺らのデータはどうなってる?」
 モントはフフンと笑ってポケットからクシャクシャになったコピー用紙を取り出した。
「今回は勇者不在のパーティでいく。戦士マサ、小技使いリュウ、武道家ギンだ。魔法使いや僧侶、あとトリッキーなのは置いておくことにしよう」
「待ってくれ」リュウが携帯を弄りながら口を挟む。
「少し前、今回の敵にやられた奴らがいるはずだ」
モントの眉が少し動いた。
 3人の視線がモントに集まる。モントはフゥウと大きくため息をついた。
「仕方ない。一応告げておこうか。そう、今回の敵は相当強い…パーティレベルは12程度。下手をすればお前らよりも上だ。彼女らには先週、賢者2人と舞踏家が敗北を喫している……強敵だっ」
ギンが少し不安そうに、マサとリュウの顔を窺う。
「相手にとって不足なしだな」マサはニヤリと笑った。
 合コンまで、あと30分と迫っていた。

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2002/03/18 (Mon) 新商品

 ラジオショッピングで、劇的な新商品の宣伝をしていた。
『こちらの新しい安眠枕にはなんとデジタルが付いていまして、お目覚めの時間を何時、と簡単にセットするだけでその時間に目覚し機能が働いて快適な目覚めを迎えることができるのですよ!』
できるのですよ、なんて胡散臭い台詞が妙に爽やかだった。
『しかも目覚ましが始まるまでは完全なる心地よい眠り、つまり熟睡できる機能を搭載しています! こちらはナサで開発された、宇宙飛行士御用達の安眠機能です! 宇宙飛行士と言えば何年間も掛かる宇宙旅行に備えて沢山眠ることができますよね! この商品はその機能をそのまま流用したものなんですよ! ヨーロッパ各国で特許を取った五つ星クラスの安眠枕です!』

 そんな宣伝があったことなど僕は忘れ去り、30年ほど経ったある日。テレビでこんなニュースをやっていた。
『30年前に問題となった安眠枕をうたった小型コールドスリープマシンによる殺人事件が起こりました。この事件は30年前にこの枕が売り出された直後に多発した事件とほぼ同じで、被害者をこの枕を使ってコールドスリープ状態にしたまま眠らせ、目覚めを9999時間に設定するという犯行です。機械の設定上、9999時間は永眠機能とされており、他者に起こしてもらう以外に目覚める方法はありません。この枕の販売会社は、この枕の発売の直後に設定時間を24時間までとする改良型の同機種の枕を販売していました』

 そんな事件が多発していたことなど、僕は全く知らなかった。
 だって僕はこの枕を9999時間に設定していて、つい最近発見されて起こされたんだ。30年間コールドスリープしていた僕の肉体は老いることもなく、臨死状態のままで生き延び続けていたらしい。
 浦島太郎の気持ちがやっと理解できた。

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2002/03/10 (Sun) 世界の片隅で、アイを、叫ぶ

 例えば世界の片隅で、誰も知らない国で、静かな海岸で、鬱蒼とした森の中で、雑踏をゆく街の中で、夜のバス停で、思い出の小学校のプールサイドで、僕はアイを探した。
 それは不毛な旅だった。世間の大人はそれを自分探しの旅だと表現した。子供達は秘密の財宝を探す旅だと表現した。少年達は下らないシステムの一部だと表現したし、英雄達は永遠の平和に繋がる道だと信じていた。
 この国で、僕が生まれたこの国で、僕はやっとそれを見つけた。地球のどこを探しても、いや、宇宙のどこを探しても、きっとこの国でしか見つからなかったはずだ。逆に言えば、この国にいればどこででもそれを見つけることはできるのだ。でも、無駄な旅じゃない。
 旅の途中で立ち寄った全ての店と人に、丸くなって悲しくなって眠った全ての夜に、自問しつづけた全ての道に、それでも凛として立ち尽くせる自己に、感謝を。
 アイは感謝だったのかもしれない。
 また、途中でアイという名の沢山の人に出会った。その人達は少女だったり子どもだったりOLだったりお婆さんだったりしたけれど、全ての人がやはりそれを持っていた。ように見えた。少なくとも僕には、彼女達がそれを…自身の中のそれを享受し、矜持としていたように思えた。それが素晴らしかった。
 アイはこの国の言葉の「始まりの2文字」であり、外国の言葉の「自分」であり、世界を見渡す全ての生物の「目」であり、誰もが欲してやまない、けれど与えることは簡単な「情」であり、実存の世界には存在しない、けれどそれを持ち出さなければ実在を証明できない「虚」であり、虹を構成する6番目の「色」であり、そして、世界の中心だった。
 だから僕はそれを探した。アイを。気付かなかっただけで、誰もがそれぞれのアイを探していたんだ。それは愛かもしれないし、藍かもしれないし、I かもしれないし、i かもしれない。そればっかりは知識として持っていてもあまり意味はない。自分で見つけなければ、それを自分のアイにはできないんだ。だから僕はそれを探した。例えば果てしない空で、広すぎる海で、険しすぎる山で、激しすぎる森で。例えば100万人が集う街で、1万人が通う駅で、100人が並ぶ店で、10人が座るベンチで、たった1人が隠れるドアで。例えばカレンダーの果てで。夕焼けと朝焼けの区別できない光の中で。朝と夜が入れ替わる時間の中で。
 例えば、世界の片隅で。

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2002/03/09 (Sat) コーポJUON

 ウチの近くに、コーポ呪怨(じゅおん)というアパートがある。
 建物はもうかなり古い。次に地震が来たら絶対に壊れるだろう。そのコーポ呪怨は、101から505まで、けっこうたくさんの部屋がある。一階に5部屋だ。そこの住民はなぜか奇数号の部屋にしか住んでいない。つまり、となりは絶対に無人の部屋のはずだ。というか、実際に部屋は空っぽなのだ。
 なのに、朝になれば隣から部屋を出るドアの音と足音がする。昼間もばたばたとうるさく子供も泣いたりしているし、夜になればなぜかギーギーと何かを引っ掻く音がする。あまりにうるさいので大家に相談すると、やっぱり「隣の部屋は空き部屋です」の一点張りだった。というか隣は常に鍵が開いているので、いつでも中身を確認できるのだ。
 ちなみに人が入っている部屋でも、夜、寝ていると奇妙なラップ音(ときどきRAP)が聞こえてくる。シャワーは基本的に髪の毛が混じった水が出てくる。トイレを流すと水が真っ赤だ。包丁にときどき血のりがついている。夏なのにクーラー要らずの涼しさ…などという特典がついてくる。これが売りらしい。ちなみに、ゴキブリやネズミは、死体は見ることはあるが絶対に生きている状態で見かけることはないらしい。なぜそんな害虫対策だけが完璧なのだろう?
 とにかく、コーポ呪怨は今日も入居者を募集しているようです。

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2002/03/04 (Mon) パンドラ

 3つの箱がありました。
 右、左、真ん中、それぞれの箱を3人が開けました。
 右の箱には「見えない」
 左の箱には「見せない」
 真ん中の箱には「見れない」
 …と、書いた紙が入っていました。

 わけがわかりません。箱には何か入っていたのでしょうか。
 右の人は「僕のところにだけ入っていたんだ」と言いました。
 左の人は「どれか2つは入っていたんだ」と言いました。
 真ん中の人は「全部入っていたんだ」と言いました。

 だから人って素敵。

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2002/03/01 (Fri) 新世紀桃太郎伝説

 厄介なウィルスメールが出回っていた。コードネーム『ONI』と呼ばれるそのメールは、どんなメールソフトを使っていようと関係なく、開いた(タイトルだけのプレビューでも同じ)瞬間に“CDドライブを物理的にクラッシュする”という被害を及ぼす。しかし、これ以外にもうひとつの能力を、このウィルスは持っていた。すなわち、“マスタ”と呼ばれるサーバにウィルス自身がいま存在するIPアドレス(v6対応)を記録する能力である。
 ちなみにIPv6とは現在使われているIPv4というプロトコルの次世代版で、現在は32bitしか保持できないIPアドレスに対しこれは128bit ものIPアドレスを保持できる。IPアドレスは世界中全てのコンピュータに一意に存在し、bit数が増えれば単純に2のべき乗でアドレス数が増えていくものである。
 さらに“マスタ”に保存されたIPにあるコンピュータに対しては、“マスタ”がもうひとつのウィルスを直接侵入させることができる。このウィルスは HDDの内部を監視し、512KB以下の容量のファイルを見つけると“ホスト”と呼ばれるマシンに送信し、また“ホスト”からファイルまたはデータを受信してしまう。さらにリモートコントロール用のプログラムを受信し、それはコンピュータが起動している状態ならば常に待機状態になり…しかもこの作業は外側からはまったくわからない仕組みになっている。ここでやりとりされるファイルとは主にコンピュータのパスワードやレジストリに関する部分である。
 というわけで一度『ONI』の被害に会うと、まずCDドライブが使えなくなり、知らない間にレジストリが書き換えられ、コンピュータをわけのわからないマシンに遠隔操作されてしまうのだった。これらの作業はひとつのウィルスだけによって引き起こされるものではないので、世間的には『ONI』はただCDドライブの読み取り用ドライバとBIOSを壊してCD読み取り用のレンズをコンピュータ自身の熱によって壊す、という作業を行うだけの厄介メールだと思われていた。

 実際には、CDドライブを壊すことなどどうでもよかった。それっぽい被害に目を向かせて本当の被害を隠蔽するための作業だった。
 現在、このウィルスに対応できるソフトはA社の「ターミネイター」だけだった。実は、このウィルスを開発したのが「ターミネイター」開発部のS氏だった。つまりはワクチンソフトを売るためだけに作られたウィルスだった。ウィルスもワクチンも出所は同じなのだけれど、戦争用の兵器を売ってはその国に戦争をけしかけるヤクザみたいな大国ばりの企業理念を持つA社のこと、これもまたいつもの自作自演営業で終わるはずだった。
 しかしS氏は、IPコピー以降の作業がこのウィルスにあることをA社にさえ告げてはいなかった。ちなみに“ホスト”および“マスタ”はS氏が使っているコンピュータである。
 S氏はここまでやって、我ながらやりすぎたと思っていた。100GBを用意したサーバ用コンピュータである“マスタ”が、いっぱいになってしまったのだ。“ホスト”に寄せられたIPの数も、v6プロトコル最大の2の128乗(340282366920938463463374607431768211456個)のうちの約250分の1に上ってしまった。これは簡単に言うと、全世界にあるコンピュータの40台に1台はS氏が管理できるということである。そして全てのコンピュータに『ONI』の効果が及ぶのも時間の問題だった。
 なぜ『ONI』が世界中に数限りなく存在するコンピュータに、ファイアウォールを通り抜けて侵入したのか、その秘密はS氏の経歴にある。S氏は某ISP から大学教授を経てインターネット警察に入庁、その後役員兼技術者としてA社に属していた。大学を去る際、S氏はひとつの論文を書き上げていた。それは未だ発表されてはいないが、ファイアウォールの存在そのものの欠陥についての論文だった。その理論によれば、ネットワークに存在する全てのコンピュータはファイアウォールに守られることなく一意のコンピュータの侵入…もとい管理を許してしまう。その理論の根底にあるのは善意そのもの…、“web of trust”だった。
 というわけでほぼ全てのコンピュータを自在に操ることができるようになったS氏は、やりすぎてしまった自分の遊び心と学術的研究心に対しての謝罪のため、ひとつのワクチンソフトを作り上げた。これは『ONI』とONI被害に対してのみ有効なワクチンだった。ある日、S氏はこれをメールで友人に送った。なぜ“マスタ”管理下にある世界中のマシンに直接送らないかは、まだS氏が『ONI』に自負心を持っていたからなのだが…、それから数日、S氏は自宅のマンションから飛び降りてしまった。そして“マスタ”管理下にあるパソコンが全世界同時多発的にクラッシュ。同じ時期、新しいOSを搭載した激安高性能パソコンが市場を占拠した。ユーザは仕方なく新しいパソコンを買い求めた。

 そんなことは誰も知らないまま、1年が経った。新しいOSには最初から“マスタ”とのやりとりを許可するプログラムが組み込まれていた。それを知るものは世界中にただ2人、OSの製作元、マックロソフト会長とS氏からワクチンソフトのメールを受け取ったM氏だけだった。
 M氏はこのワクチンを改良し、OS内の“マスタ”接続プログラムを破壊するウィルスを作り上げた。これにより『ONI』被害は完全に終わるはずだった… が、M氏もある日忽然と姿を消してしまう。行方不明者の捜索も約100日間ぶっ通しで行われたが、ひとつも有効な情報は見つからなかった。
 M氏の失踪から5ヶ月目のある日、行方不明のはずのM氏から一枚のDISCが息子のW宛てに送られてきた。それにはS氏とM氏が関わっていたマックロソフトの新型OSについての詳細が記されていた。DVD一枚をほとんど使った圧倒的な量のテキストファイル。Wは大学院での自分の研究に役立てようと解析をはじめ、そして(あるいはM氏の思惑通りに)マックロソフトの陰謀に気付いてしまう。その頃には世界中のほぼ全てのパソコンのOSはマックロソフト製品であったため(マックロソフトは市場シェア独占のために3パターンのOS…『ウインドルス』『マックロX』『リナックル』を作っていた)、世界中のほぼ全てのパソコンがマックロソフトの“マスタ”管理下に置かれていたという状況である、ということをWは知ってしまった。この支配から世界中のパソコンを解き放つためには2通りの方法が考えられた。ひとつは父やその友人がしたように、このOSの機能を削除するワクチン(あるいはウィルス)を世界中にばら撒くこと。もうひとつは、“マスタ”を破壊すること。
 その二つの両方を目的とし、Wを代表とする組織、『KIBI』が生まれた。『KIBI』のメンバーはたった3人。Wとその知人2人だけだ。とにかく、Wたちは世界のパソコンを救うために立ち上がったのだった。
 最初の『ONI』被害から2年半が経とうとしていた。Wは手始めに大学の研究室内にメールサーバを立て、ワクチンプログラムを組み込んだメールを世界中に送信しまくった。どうかこれが『ONI』を倒す勇者となるようにとの願を掛けて。

 さて、あなたのもとに、このアドレスからのメールは届いただろうか?

 momot@law

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