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2002/09/20 (Fri) 長い上に意味がないので読むだけ無駄です

 ハタチで友人の借金に「協力するよ」なんて言ってしまったものだから、それからの僕の人生は借金との戦いだった。
 友人は、取立て屋とグルだった。当時、僕は多少の貯金があったものだからそこに目を付けられたのだろう。いつのまにか名義も僕となり、僕は何もしてないのに借金を返し続けなければならなくなった。消費者センターなんかに行ってもすでに手が回っており、僕の話を聞いた人は債権屋が用意した男だった。
 それから5年。なんとか返済を終え、気づいてみると僕は空っぽな野郎になっていた。
 就職も出来ずにずっとバイトで稼いだ自分は少しだけ誇らしいと思う。けれど、彼女もいない、貯金もない、職もない、そんな僕はもう、人を信じれなくなっていて。
 冬の初めのある寒い夜、僕は、橋の上で風に当たりながら感覚がなくなっていく手を見ていた。かじかんで次第に動かなくなっていく。意識も朦朧としてくる。人は、寒すぎると眠ってしまうものらしい。このまま眠ったら楽になれるだろうか……
 誰も通らないので、僕はそのままベンチに横たわって眠ることにした。風は寒い。けれど、もうどうでもよかった。
「これ、そこの御方」
目を瞑っていると、声が聞こえた。目を開く気にはなれなかった。
「一時停止したビデオがここにある。キミならどうする?」
それがどんな声だったかは、よく思い出せない。男のような、女のような。老人のような、若者のような……とかくアンニュイな印象だった。しかもいきなり意味不明な質問を繰り出すところが恐ろしいと思った。「撒き戻す」と答えたかったが、もっとアッパー気味な答えの方が面白いと思った。
「……入力切替ボタンを押すね」
か細い声でそう言った。確かに、言った。

 気付くと僕は部屋で眠っていた。それがどこの部屋かは分からない。少し前まで僕が住んでいた部屋とは違う、ベッドルームだった。そう、8畳ほどの部屋はベッドだけが置いてあった。どんな高級ホテルだよ、と突っ込んでから目覚めた。
 そこは3LDKほどのマンションだった。なぜこんなところで目が覚めるかは分からなかった。隣の部屋を覗くと、美人がすやすやと寝ていた。
 これはどうしたことだ。
 僕が頭の上に「?」を並べていると、美人は目を覚ました。
「おはよう、早いのね」
当たり前のように彼女は僕に言った。
「どういうことだ? ここはどこだ? キミは? どうして僕はここにいる?」
彼女は口を押さえて「あらまあ」と言った。「記憶喪失? 大丈夫? しんちゃん」
 ──しんちゃん、という名前は少なくとも僕のものではなかった。
「教えてくれ。どうして僕はここにいるんだ」
彼女は心配そうな顔で僕を覗き込んだ。シルクのパジャマ(?)から胸元が見えた。
「わかったわ。何から話せばいいかしら?」
話し方から、彼女の育ちのよさがうかがえた。

 話によると、僕は某暴力団の取締役らしい。組長とはちょっと違うポジションで、裏のナンバーワンというわけだ。組員からは「長(ちょう)」と呼ばれている。大卒のインテリで関東・東北・東海・北陸などの組を監査しているということらしい。実質、東日本の組の総締めということだ。それが今夜、西の総締めと話し合いをするらしい。この国のナンバーワンを決めて、取締法やら何やらに対応していく新時代対応型の組織を構築するつもりだったらしい。で、彼女は妻のパシフォニー。なぜ名前がカタカナなのかは知らないが、どこをどう見ても日本人だ。
「ああ、可哀想なしんちゃん。緊張のあまり気が動転してるのね」
彼女の胸に抱かれ、温かいベッドでまた一眠りした。

 目覚めると夕方だった。言われるままにスーツを着込み、軽くコーヒーを飲んでから、僕はマンションを出た。階下には組員らしき男達が並んでいた。
「いよいよですね、長!」
口々にがんばれだの楽勝だの、無責任な言葉を放っている。
「うるせぇぞ! 殴り合いしか出来ない奴らは今後は切っていく! 俺の応援をしてる暇があったらパソコンのいじくり方の1つも覚えてきやがれ!」
キッとメンチを切ると、組員どもは震え上がった。
 黒い車に乗り込んだ。隣にはナンバー2の、オールバックで黒いサングラスの男が乗った。
「いよいよですね、長」
「お前もそれか。他に言うことはないのか?」
「フフフ。勝利は我々にあります……東日本でよかったと思います。テレビ、ラジオ、新聞、その他マスコミにIT関連、商社、官公庁に至るまで……必要なコマは揃いました。あとはその並べ方です。長のね」
「ドミノ倒しでもしてやろうか」
僕の意思とは無関係に、勝手に身体が動いた。勝手に喋っている。
「行くぞ、タケナカ」
「はい、長」

 銀座の料亭。静かなその場で、西と東の幹部が集まった。しかし全ては、僕と西の長・オサモリの会話1つだった。オサモリは対峙したときからテンパっていた。
「……コンゴウさんの話を聞きたいですね」
どうやらコンゴウというのは僕のことらしい。僕はまた身体が勝手に動くのを待った。
「……コンゴウさん?」
が、身体は動かなかった。意識も全て、僕のそれだった。とりあえず料理を口にしながら、何か考えている振りをした。
「コンゴウさんの言い分を聞かねばなりません」
何を言っていいか分からない。部屋にいる数人が全員、僕の動きを監視しているようだ。
「……では」意を決して口を開いた。もう、なんでもいい。適当に何か言ってやる。ダメだったらどうせこの場で射殺されるんだろう。もういいや!
「統治、関係、他業種との付き合い方はこれまで通りでいきたいですね。ただ、その全権は我々、東にお任せいただきたい」
「……今、何と?」
「この国の全権を私に委ねていただきたい。もう、殴る蹴るが強いガキ大将が生き残れる時代ではないでしょう? 少なくとも国の中心と基盤が東……東京にある以上、我々が統治することに──」「コンゴウさん、それは本気ですか」
 オサモリの目がわきの男に移った。男は少し前屈みになった。いつでも僕を殺れるぞと示しているつもりだろうか。
「……株だ」僕は続けた。
「何?」
「あと数年……少し前に選挙がありましたでしょ。国会がこの面子で動いている間に、株の高騰が起こる。そのとき、踊り出たあの政党を使って、我々は金を得ます」
「……何の話ですかな」
「これからは殺さないものが勝つ時代だ。あなたは殺しすぎた……そうじゃないですか? オサモリさん」
「それは必要だからだ。兵隊は死ぬために存在する」
「そうではありません……力の意味合いが違ってくる」
「アイテーだとかパソコンだとかで世界が動かせるとでも?」
「その通り。あなたは古すぎる……そうでしょう」
「何を言っているのか」
「タケナカ」
 その瞬間、タケナカは懐から取り出した銃でオサモリ以外の西陣営を射殺した。
「西の統治はタケナカが行います」
「な、何を……コンゴウ! 貴様っ」
「あなたの人生はここ止まりです。停止だっ」
 ──不意に、目の前が真っ暗になった。

 気付くと、あの橋の上のベンチだった。
 夢を見ていたのか……と頭を掻きながら身体を起こした。夜明け前だった。凍えるほどの寒さの中、どうやら僕は生き残ってしまったらしい。
 胸のポケットに違和感を覚えた。見てみると、ビデオ用のリモコンが入っていた。
 僕は、「撒き戻し」のボタンを、押した。

 以前のアパートで、目が覚めた。今日はいつだ? このアパートはもう引き払ったはずだったのに。
 新聞でもあれば日付が簡単に分かるのだが、と思いながらタバコを口にした。カレンダーに目が止まった。6年前の……12月。何日かは分からないが、僕はそのカレンダーを信じると、急いで街へ出ることにした。
 走りながら、テレビでもつければ今日がいつだったか分かるのに、と少し後悔した。
 駅についた。心臓が高鳴っていたのは、走ってきたからではない。
 ──今も後悔していた。6年前の12月……今日と同じようによく晴れた、寒い日だった。僕は駅ビルのパン屋へ向かった。そしてレジを打っている一人の女の子に目が止まる。心臓がドクンドクンと、以前にもまして大きく打っている。
 もう、同じ過ちは犯さない──そう胸に誓い、僕は彼女に近づいた。彼女は「いらっしゃいませ」と応対するまで僕に気付かなかった。
「キョウコちゃん」
「あれ、タツヤくん。どうしたの」
「逃げよう」
レジのわきに置いてあった小さな日めくりカレンダーが目に止まった。
 12月19日……そうだ、あの日だ。
 テロが起こった日、だった。6年前の今日、駅ビルの地下で毒物が巻かれ、当時の彼女だったキョウコも犠牲者の1人に数えられていたのだ。
「タツヤくん? でもわたし、バイトあるし……」
「いいから!」
手を引っ張って店から連れ出した。壁の大時計を見た。13:30と表示している。確か……もうすぐ、のはずだ。
 階段を駆け上がって、駅前広場まで出た。うっかり人にぶつかった。
「何処見とんじゃこのクソガキャ!」チンピラだった。でも僕はその男に見覚えがあった。
「……タケナカ」
「何? なんでワシを知っとんねん! しばくぞコラァ!」
「逃げた方がいい。もうすぐ毒ガスが駅地下に充満する」
「……お前、なんでそれを?」
 立ち尽くすタケナカを尻目に、僕とキョウコは逃げるようにその場を後にした。

 その日の夕方、確かに事件は起こった。駅地下にいた人、数百人が被害者となった。パン屋にいた人はほとんどが亡くなったらしい。僕たちは僕のアパートでテレビを見ながら、呆然としていた。
「タツヤくん、どうして分かったの? 事件が起こるって」
「……ちょっとね」
 次の日の朝、ニュースで事件の犯人が捕まっていた。そういえば、かつてのこの事件は実行犯は謎のテロ組織だろうという断定のもとで、捕まりはしなかった。
 犯人は都内在住のタケナカナオキ容疑者、22歳。
 テレビを見ている僕に、キョウコは後ろから抱き付いてきた。「あー、昨日の犯人かぁ」どうやら昨日ぶつかった男だとは気付いていないようだった。「テレビ回していい?」「いいけど、どこも同じことばっかり言ってるよ」
 キョウコは寝ぼけ眼をこすりながら、リモコンのスイッチを押した。「あっ、これ、ビデオのスイッチだった?」
 ──僕が最後に聞いたキョウコの声は、そんな感じだった。

 キョウコが押したボタンは多分、早送りだったんだろう。気付けば僕は、また布団の上だった。しかもそこはどうやら、和室だ。畳の上に布団だけが敷いてある。よいせと起き上がった僕は自分の身体が動きにくいことに気付いた。
 手鏡が置いてあったので覗き見た。そこには今にもヤバそうなおじいさんが。
「おじいさん、朝ですよ」
 障子を開けて部屋に入ってきたお婆さんは、僕の知らない人だった。そのとき、僕はほとんど全てを理解した。知らず、涙がこぼれた。
 ──目の前にいる人は、僕が生涯を賭して供に生きていこうと誓ったキョウコじゃない──

 ふうっと大きく息を吐き、僕は枕の下にあったリモコンを取り出した。
「おじいさん! 何を……」
「苦労を、かけたな」
 僕はまた、停止のボタンを、押した。

 気付くとまた、あのベンチで寝ていた。目の前には黒い背広を着た老紳士が。
「今、キミの人生は停止した。このまま『電源』をオフにするかね」
僕はしばし考え、身体を起こした。
「ひとつ、聞いてもいいですか」
「何かね」
「僕の人生は、どう転んでもキョウコと一緒になることはできないんですか」
「そうではない」
「じゃあどうして」
「全ては選択次第。その場その場における、ね。キミが思う彼女と供に生きる未来もあった。そうではない未来もあった。それだけだ」
「じゃあ、あのヤクザの体験は」
「他人の人生だ」
「僕はどうすればいいんですか」
「それは自身で考えることだな」
「酷じゃないですか」
「では、選択肢を与えよう。制限時間は2分だ。いいかね」
「……はい」
「ひとつは、このままキミの『電源』を、つまり人生をオフにして、死んだ後に新たな命として生き直す。記憶も魂も思いも全ては消去される。テープは巻き戻され、新たな命が上書きされる」
「もうひとつは」
「このまま再生する。このままね。アパートも貯金も彼女も何もないこのままだ。25歳にして職なし、何も持たないキミは友人の借金を返し終わり、今まさに死のうとしていた。この続きを生きることだ」
「それがイヤだからこうして寝ていたんじゃないですか」
「そうか。では前者でよいかね」
「……いや、でも」
「あと1分ほどだ」
「その選択肢、両方とも『再生』ボタンですよね」
「そうだ」
「新たに生まれる命……再び、生きる。そしてもうひとつは僕がこのまま生き直すこと……」
「逆境からの再生。しかしそれには過剰なまでに労力が必要だ。キミも知っているはず。しかしそれができないからここに寝ていたのではないかね」
「僕……」
「時間だ。決めてもらおう」
「僕、このままやり直します」
「そうかね」
「キョウコは6年前に事件で死んだ。タケナカは今頃ヤクザのナンバー2になってる。でも僕はあいつを許せない……。タケナカに、罪を償わせるまでは僕は、まだ死ねない」
老人はふむ、と頷くと足早に歩いて行ってしまった。ふと見た彼の影は、背広を着た男の形なんかじゃなかった。
 ローブをまとい、大きな鎌を持った髭の生えた男。僕にはそう見えた。

 時は流れ、10年後。
「タツよ……そろそろお前も杯を受けてみんか」
「お言葉ですが、長。私の望みは杯でも組でもありません」
「ではなんだ」
「タケナカの居場所を、教えてください」
「……奴はもうこの国にはおらん。今頃、どこか金と欲望の渦巻くところでまた勝負しているだろう」
「知らないんですか」
「知ってはおるが……なぜだ」
「16年ほど前の、駅地下の毒ガス事件です。私はあのとき、恋人を殺されました」
「それを未だに恨んでいるのか」
「ええ。この年まで妻もとらないのは、全て彼女のためです」
「きっと彼女はそんな恨みは望んでいないだろうがな」
「デジタル思考の長の言葉とは思えませんね」
「……タイペイだ」
「え」
「わしが言えるのはそれだけだ。タケナカには礼になっておる……今度ばかりはどちらの味方にもなれんな」
「十分です、長」
「行くのか」
「ええ。お世話になりました」
「わしの娘がな」
「はい?」
「お前にほれとるようだ。生きて帰ってこれたら、貰ってやってくれんか」
「……フッ。本当に、長らしくない」
「行ってこい」
「行って、“来る”かは分かりません。ですが、行きます」
「ああ。達者でな」
「長も」

 タイペイ、シャンハイ、ホンコン、そしてトウキョウ、フクオカ、ミラノ、ロンドン、ロス。色々な街でタケナカを追い詰め、そしてその度、逃してしまった。俺が奴を追い始めてからもう4年。俺は再び、日本へ帰ってきていた。
 20年前に住んでいたアパートは、高層マンションへと変貌していた。
 禁止されているタバコに火をつけ、大きく吸い込んだ。
 あの事件の日と同じような、よく晴れた寒い日だった。

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2002/09/14 (Sat) 魔女だって大変

 休日。耳掻きをしてもらっているとき、彼女はふと「あたしね、魔女なの」と呟いた。じゃあ魔法でも使ってみせてよ、と言うと「もう使ってる」と答えた。
「どんな魔法を使えるんだい?」身体を起こし、2回キスしてから反対側を向いてまた彼女の膝に頭を乗せた。
「恋の魔法」一言だけ答えて、彼女はまた鼻歌まじりに耳掻きを続けた。

 彼女は、僕の自慢だった。容姿も性格も申し分ない。料理も上手で、人望も厚い。無駄遣いはしないし我が侭も言わない。おまけに床上手とくれば、僕には勿体ないほど完璧な女性だった。ある夜、疲れ果てて服も着ないままにまどろみに落ちていく中、彼女は呟いた。
「いつか魔法が切れちゃったらごめんね」
よく覚えていないけれど、そう言った気がした。寝返りを打つふりをして彼女を抱きしめ、変な体勢のまま眠った。
 翌朝、目を覚ました頃には彼女の姿はなかった。テーブルの上には朝食が作られてラップがかけてある。ノートの切れ端に「先に出ます。ごめんね」と書いてあった。そんなことは気にも留めず、僕はパンをかじった。

 次の日の夜、彼女が大怪我をしたと連絡があり、病院へ向かった。手術は終わっていて、集中治療室からも出た後だったらしい。個室のベッドで死んだように眠っている彼女は、全身ほとんど包帯で、点滴やら何やら色々なコードが付いている。顔まで包帯をしているので、確認できるのは目と口の形くらいだった。
 病院の話では、高所から落下して怪我をしたということだった。怪我をしたのは昨日……僕がのんきに彼女が作ってくれた食事をとっていたときだった。彼女がどこへ行こうとしていたのか、それは僕には分からなかった。けれどそんなことはどうでもいい。パイプベッドにしがみつき、僕は祈った。神様に、祈った。

 2日後の朝、ようやく彼女は意識を取り戻した。開口一番、僕に「こんな姿見られたくないから帰って」と告げた。弱弱しいその口調に、僕は首を振った。すると彼女は少し黙り込み、涙を一粒零して「ごめんね」と呟いた。

 全治3ヶ月と言われた大怪我のはずが、たった1週間で完治した。病院関係者は皆、僕が毎晩祈っていたために起きた奇跡だと言った。
 包帯を外した彼女の顔は、僕の知っている人ではなかった。
 髪型が、声が、体つきがほとんど同じだけど、それは別人だった。その人は「ごめんね」と呟いた。退院する直前、個室で2人きりのときにその人は僕を真っ直ぐに見て、告白した。
「あの日、ホウキに乗って本当は魔女の国に帰るはずだったの。この世界を勉強する期間が終わったから。だから、貴方から見れば突然いなくなったように思えても、不自然じゃないように魔法をかけておいたの。だんだんあたしのことを忘れていく魔法。だけど、帰りの空の上でふと貴方を思い出したら何だか涙が出てきちゃって、バランスを崩して……落ちちゃったの。あたしがいつも貴方よりも後に眠って貴方よりも先に目を覚ます理由、知ってる? あたし、眠らなくてもいい身体なの。あたしの意識が途切れた時に魔法は切れちゃうから、あたしはいつも眠ったふりをするだけだった。夜中ずっと貴方を見て、このまま時間が止まればいい、なんて毎晩考えてたりしたのよ。でも、怪我して気を失っちゃってから、魔法が切れちゃった。はっきり言います。あたしは、あなたに魔法をかけていました。あたしに恋をするように、他の女の人に興味をなくすように、あたしの姿をあなたの理想そのものに見えるように、料理を世界一美味しいものと感じるように、お金だって魔法で作り出したし、知らない人だって友達にしてあなたに紹介したりした。あなたの仕事が順調に行くようにサポートもした。だけど、全部嘘。全部魔法で作ってた幻想なのよ」
 僕はそれを、目を閉じて聴いていた。思い浮かぶ彼女の顔は、目だけがどうしてもイメージできなかった。そのとき、僕は自分が夢を見ていただけなのだと、心で理解した。知らず、涙が流れた。そして心の中の、今までの彼女との想い出を思い出し、僕が彼女を本当に愛していたことを再確認した。
 目を開けた。そこには、驚くほどストレートな長い黒髪の、10代半ばの少女がいるだけだった。傍から見れば、いや……医者や看護士なんかは彼女のことを僕の妹か、(ちょっと無理があるが)娘か何かだと思っていたはずだ。恋人です、なんて言ったらほとんど犯罪になるような少女が、悲しそうな目で僕を見ていた。

「もう一回、魔法はかけられないかな」
「ごめんなさい。もう無理です。魔女の試験期間は終わっちゃったし、一昨日までに魔女の国に帰れなかったからもう、あたしは魔法を使えないんです。何もできない、ただの嘘つきなんです」
 強く、彼女を抱きしめた。目を閉じると浮かぶ、顔のない理想の彼女が僕に笑いかける。優しい言葉を掛けてくれる。魔法は解けたっていうんなら、どうしてこんなに焦がれるんだろう。
「嘘でもいい。魔法なんていらない。帰れないなら、一緒に暮らそう」
「でも、あたし、貴方よりずっと年上ですよ」
「構わない」
「見た目、子供ですよ」
「構わない」
「料理もへたくそですし、エッチだってうまくないですよ」
「構わない」
「お金も持ってないし、そもそもこの世界の常識も知らないですよ」
「構わない」
「名前もないし、服も靴もないですよ」
「構わない」
「泣き虫ですし、馬鹿ですし、何もない所で転んだりしますよ」
「構わない」
「アイスクリーム落としたり、コーヒーを掛けたりしますよ」
「構わない」
「ムカデとかナメクジとか好きですよ」
「それはちょっと勘弁してくれ」
「貴方が思っているのは、自分の中の理想の彼女像ですよ。それはあたしじゃなくて、魔法にかかった貴方自身のアニマを投影してるだけですよ」
「うるさいな! いいか、僕と一緒にいたかったら、この世界にいたかったら、そんな御託はいらないんだ。だから、1つだけ約束しろ」
「何ですか?」
「もう二度と、嘘はつくな」
「二度とは無理です」
「じゃあ冗談以外に嘘はつくな」
「やってみます」

 そうして、僕らは手を繋いで帰った。彼女の魔女名はもうなくなったから、僕が名前を考えてあげた。年齢も、見た目から想像して教えてあげた。部屋につくと、押入れの中の札束が葉っぱに変わっていた。カレーが作ってあった鍋には変な黒いドロドロが入っていただけだった。
「やれやれ」僕は呟き、両手を腰に当てた。
「じゃあ、まず、部屋の掃除から始めようか」
「はい!」
「あ、あと1つ」
「何ですか」
「もう僕に、敬語を使うのはやめてくれ」
彼女は泣きながら、微笑んだ。

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2002/09/10 (Tue) サラ時間

 駅前通りは、通称「ビラ配り通り」だ。
 サラ金、コンタクトレンズ、飲み屋、バー、美容室、漫画喫茶など様々なショップがそれぞれのチラシを配っている。それに加え、ティッシュ配りもいるので、通りの最初から最後までを全て律儀に貰って歩けば両手に一杯、色んなものが手に入る。
 ティッシュが3個、チラシが12枚、うちわ1枚、小冊子1冊、飴が1個、シャンプーの試供品が1個。今日はそれらに加え、1枚の真っ黒なチラシが印象的だった。なんとなくもらったものだから、どんな人が配っていたかもよく覚えていない。チラシにはただ一言、「時間貸します」とだけ書かれている。下のほうに小さく電話番号がある。しかも携帯だ。サラ金か何かだろうか。
 案ずるよりナントカという諺があるが、今日は僕もそれに従った。まず、電話を掛けた。コール3回で出た。僕がもしもしと言うよりも早く、「こちらからおかけ直しいたしますっ」と言われ、電話は切れた。直後、また掛かってきた。うっかり、通知設定をそのままで掛けてしまったようだ。怪しい番号には非通知で……が基本なのに。
「もしもし」
「お電話ありがとうございますっ。○○○○ですっ(早口すぎてなんという会社なのか分からなかった)。ご利用でしょうかー?」
「いや、ちょっとチラシが気になったんで電話したんですけど」
「はい。当社は、お客様にお時間をお貸しいたしますっ。お客様は後日、利息をつけてお時間をお返しになるというシステムですっ」
「時間って?」
「お時間です。時間。タイム。タイムイズマネーですよっ、お客様」
「何言ってんだ。切るよ」
「ただいま、お試し期間と致しまして、無利子でお貸し致しておりますが、お試しになられてはいかがでしょうか?」
「うーん……無利子?」
「そうです」
 せっかくなので、借りてみることにした。というか電話だけで済むのだろうか……と思っていると、いつの間にか目の前に黒いスーツの女の人が立っていた。
「お電話ありがとうございますっ」
喋り方がさっきの電話の人だった。契約書に簡単にサインをして、僕は「2時間」を借りた。返却は1週間後らしい。
 現在、午後5時。彼女と待ち合わせの時間だ……が、一向に彼女は現れない。駅前通り最大のモニュメント「犬タワー(柴犬がピラミッドを作っている銅像)」の前で突っ立ったまま、僕は途方に暮れてしまった。待てど暮らせど、彼女は来なかった。
 2時間後。午後7時。やっと彼女が到着した。2時間も待つ僕も凄いと思う。
「ごめーん。もう来てた?」
すっとぼけたことを言うので、路地裏に入って即行でセクハラでもしてやろうかと思ったが温和に「今来たトコ」と答えた。ちらり、時計を見るとまだ午後5時だった。
「あれ、今って5時?」
「そうだよ。5時に約束したじゃん」
「おかしいな。さっきも5時だった気がする……今って7時だよね」
「何言ってんの。5時だよ。じゃあ何処行こっか」
腕を組んでくる彼女に仕方ねぇなと思い、僕らはそのまま夕暮れの街に消えた。

 1週間後、また待ち合わせをした。先週はデート、食事、で帰ってしまったので、今日こそはバッチリ決めてやるという決意のもとでのプランだった。ホテルにゴムは2枚あるとして、予備でさらに2枚持ってきたのだ。完璧だ(そういう下準備が既にヤバい)。
 ……と思って午後4時50分には犬タワーの前に来たはずだったのに、彼女はプンスカ怒っていた。しかも、びんたを一発喰らってしまった。
「何で殴んだよ!」
「2時間も遅れといてよく言うわよ!」
時計を確認した。午後6時50分……7時前、だ。ちょっと待て。僕が到着したのは確かに5時前だったはずだ。一瞬で僕は2時間を失ってしまったというのか。
 そのとき、あの黒いチラシを思い出した。すかさず電話を掛ける。発信履歴にまだ残っていた。ワンギリすると、掛けなおして来た。
「もしもし! ちょっと、僕の時間を返してくださいよ!」
「当社が返していただいたのです。契約通りに」
「何言ってんだ! 聞いてねぇぞ!」
「ご利用ありがとうございます。追加でお借り入れされる場合は、年24.9%の利率が付きます」
「だから契約なんてしねぇって言ってんだろ! ぶっ殺すぞ!」
「またご利用したい場合はご連絡ください。なお、お借り入れはお金を借りる感覚でどうぞ。ただし、お金は一切いりません。全ては時間で支払っていただきますから。人に与えられた時間は誰もが平等に1日24時間。それをどう使うかはお客様次第でございますっ」
 電話はそこで切れた。僕もキレていた。彼女もちょっとキレかけだった。
 居酒屋で夕食を食べ、ブランドのショップを冷やかして、ゲームセンターでぬいぐるみを取ってあげてから、ホテルへ行った。

 次の朝。というか昼前。チェックアウトした僕らは、互いに昼から用事があったので駅で別れることにした。僕は真っ直ぐ家へ帰った。彼女をつれて帰れないのは厳格な両親や祖父母がいるからだ。実家暮らしは辛い。かといって彼女は部屋に上げてくれないし。まぁ仕方ない……と思ってテレビを見ると、どうやら電車が止まっているようだった。復旧の見込みはないらしい。そんな速報を上部に映しながら、お昼のニュースが始まった。
 駅前通りが映し出され、そこから駅の方へ中継が回った。テロップには、「白昼の通り魔 6人が重軽傷」とあった。なんと、さっきまで僕らがいたあの駅前で、通り魔が次々と無差別に包丁で切りかかったらしいのだ。
 被害者が映し出された。モザイクが掛かっているが、僕にははっきりと分かった。
 彼女だった。
 電車が止まっていたせいで、彼女が帰れなかった。そんな偶然が邪魔をしたせいで彼女は、被害者6名の中に数えられてしまっていたのだ。咄嗟に彼女に電話を掛けた。出ない。3回掛けて、ようやく出た。
「もしもし! 大丈夫か!?」
「お知り合いの方ですか」男が出た。「ちょっと代わりにお電話に出たのですが」
「いいから! 彼女は大丈夫なんですか!?」
「いま、救急車で運ばれています。都立○×病院へ行くそうです。彼女さんですか、背中を切られ、振り向いたところを胸も刺されたみたいです……血がすごいです」
「あんた誰だよ」
「通りすがりですが、あの犯人から凶器を取り上げた者です。状況を話しに警察へ行くか、一番重症なこの人の付き添いとして病院へ行くかで、病院を選んだのです」
「変なことすんなよ!」
「……失礼ですが、私にはこの人と同じ年頃の娘がいます。人命救助のため、失礼ながらこの方のお電話を借りているのです。できれば、あなたも病院へ来たほうがいい」
「わかりました! 電話は持っていてください! こちらからまた連絡しますっ」

 原付をぶっ飛ばし、病院へ向かった。彼女の電話に掛けると、さっきの男が出た。
「緊急で手術をするそうです。いま運ばれました」
手術室まで走った。緑色のランプが赤く点灯していた。ベンチに初老の男性が座っていた。彼女の携帯がわきに置かれている。
「あの、彼女は……」僕が息を切らしながら尋ねると、彼は手術室を指差した。
「失礼ですが私は外せない用事がございますので、これで。彼女さんのことは心より心配しております。どうかお大事に」
 僕に携帯を渡すと、彼は足早に去って行った。
 手術が成功し、その日の夜。
 個室で眠っている彼女は、まるで作り話のように「今夜が峠です」らしい。医者は当たり前みたいな顔をしてそう言い切った。僕はなんとなく自分の携帯をいじりながら、彼女のベッドの横に座っていた。ふと、あの時間サラ金屋の番号が目に止まった。
 お金と同じように、僕が借り入れして彼女に時間を与えたら、彼女が助かる可能性は高まるだろうか……
 そんなことが頭をよぎった。お金を借りて他人に渡すのと同じ感覚だ。僕はすかさず電話を掛けた。今度ばっかりは一度切って掛けなおすのを待つなんてできなかった。
「時間を貸してくれ! 今すぐだっ」
「ありがとうございますっ。すぐお伺い致しますっ。ご利用はどれほどでしょうか?」
「半年ほどくれ!」
「分かりましたー」
 ほんの数秒で、病室がノックされた。真っ黒なスーツの女性が音もなく入ってくる。小声で「ありがとうございますっ」と呟いた。
「半年分の時間を、今夜、彼女に与えてくれ」
「承知しました。ご契約者はお客様でよろしいでしょうか? 彼女様でしょうか?」
「僕だ。僕の時間をやる」
「ありがとうございます。お支払い方法はいかが致しましょう?」
「分割で……そうだな、1日のうち、午前1時から4時までで頼む」
「承知しました。ちなみに、その時間は、もし眠っていたとしても身体は時間をカウントしませんので、例えば1時から6時までお眠りになったとしても実質2時間分の睡眠しか取れません。よろしいでしょうか?」
「大丈夫だ」
「では1日3時間ですね。半年分ですから4年間になります。その間、24.9%の利率が付きますので4年と363日の間、お支払い続けるということになります。よろしいですか?」
「大丈夫だって言ってるだろ!」
「ありがとうございますっ。では、ここにサインを」
 汚い字でサインをすると、女はスッと立ち上がり、音もなく病室から出た。

 次の朝、目覚めた彼女は傷もすっかり癒えていた。
「なんか、すごく沢山寝てた気がするの。変な夢も見てたみたいに思うし……」
僕は笑って見せるだけだった。
 あれから、僕は毎日ほとんど睡眠不足だ。昼間、すごく眠い。慣れてきたとはいっても朝起きるのが辛いこと辛いこと。まだ数ヶ月しか経っていない。僕は睡眠不足がたまったせいで身体がボロボロであることを感じていた。けれど、元気な彼女を見るたびに、眠れなくても元気になれるのだ。
 僕らは自然と、結婚を考えるようになった。けれど、毎日午前1時から4時まで僕は時間を失う。もしその間に夫婦として大切な時間があったとしたら……そう思うと、なかなか決断できない。最近では休日は18時間ほど返済に充てているから、あと1300日ほどで返済は完了する。有給を取って、1日眠って返済する。眠っていても僕の身体は1時間ほどしか休まらないのだけれど。でも、その先にある幸せのため、僕は睡眠を削り、食事を削り、生活を切り刻み、少しずつ時間を返済している。
 この借時がなくなったら、プロポーズするつもりだ。それは最速でも2年半後になるけれど。
 ああ、2年半経ったら、思い切り眠るぞ。それまで、どうか、僕に元気をくれ。ほとんど24時間闘う僕に、キミの笑顔をくれ。それだけでまた、頑張れるから。

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2002/09/07 (Sat) 世界は広まっていく…あるいは、閉じていく?

 目覚めると、涙を流していたことに気付いた。眠りながら泣いていたのだろうか。
 いつもどおり眠っていただけなのに、妙に身体が思い。上体を起こすと、間接がパキパキ鳴った。伸びをして、腰を回す。ボキボキと骨が鳴る。その音と感触を心地よいと思った。
 ふと違和感を感じた。右手だ。しっかりと何かを握り締めている。
 そっと開くと、小さな種が1つ。
 清々しい朝だった。気分がよい私は、その種を小さな植木鉢に入れ、コップに残っていた水をかけた。昨夜飲んだ酒に入れていた氷が溶けた水だった。

 仕事から帰ってきたときには、鉢から小さな芽が出ていた。小学校のとき育てたカイワレを思い出した。これも、ほんの数日で育つ植物なのだろうか。

 一週間後、小さな花が咲いた。タンポポのような形で、花弁は紅に染まっている。こんな花は見たことがない。しかも花は指先ほどの大きさしかない。細い茎が懸命に支えている花を覗き込むように見ていると、不意に花がドクン、と大きく動いた気がした。
 いや、錯覚ではない。この花は、動いている。たった今、動き出した。
 花の頭がゆらゆらと揺れる。まるでメトロノームのように規則正しく、ゆっくりと左右に揺れている。これは一体、何だろう?

 さらに一週間後。その間も花はずっと揺れ続けていた。仕事から帰ってくると、植木鉢の周りに何かが転々と落ちている。拾い上げてみると、ゴマみたいな何かだ。それが何であるかは一瞬で分かった。
 ──種だ。
 この種をベランダの鉢植えに植えてみることを考えた。一週間後、ベランダはゆらゆらと揺れる小さく美しい花でいっぱいになるだろう。適度な水を与えていればすくすくと育つ花だ。それは視覚的にも面白いかもしれない。

 一週間後、予想通りにたくさんの花が咲いた。しかし今度は紅の花ではない。赤、黄、ピンク、青、紫、黒や緑など、ありえないような色の花弁まである。それらが規則正しく、小さく揺れている。
 花の色によって鉢植えを変えてみた。私はそのときの気分によって部屋の中に一色だけを入れ、心の内を独り言のように花にぶつけた。花は変わらず、ゆっくりと揺れていた。それを見ていると、そのとき抱えていた胸のしこりが消えていく気がした。
 どこかの詩人が、花は「神が姿を変えたもの」だと表現した。物言わぬ静物だからこそ、心に直接的なメッセージを与える……それを私は感じていた。

 いつしか、それは私の日課になっていた。各色の花にどんな悩みを打ち明けるのかはは決まっていた。花はやはり揺れ続け、一週間後には種をばら撒いた。あんまり沢山の種ができるので、フリーマーケットで売ってみることにした。
 花の名称も分からないので、私は、種に勝手に名前を付けることにした。
 「悩みの種」「話の種」「笑いの種」「安らぎの種」「幸せの種」「愛の種」などと。
 一袋に5個ほど種を入れ、ひとつ100円で並べてみた。朝から出して、昼過ぎには完売してしまった。袋には私のメールアドレスを入れておいた。もっと欲しい方はこちらまで、と添えて。

 10日ほど経って、続々とメールが届いた。どのメールも件名はこぞって「ありがとうございました」だった。悩みの種を植えた人は悩みが解決し、話の種を植えた人は話題に溢れ人付き合いが改善され、笑いの種を植えた人は毎日笑みの耐えない日常が続くようになり、安らぎの種を植えた人は安眠できるようになり、幸せの種を植えた人は望んでいた奇跡が起こり、愛の種を植えた人には恋人ができたとか結婚しましたとか、朗報ばかりだった。
 さらに数日して、また続々とメールが届いた。花はいつしか揺れが収まり、しぼんで枯れてしまったので、また新しい種を売って欲しいとのことだった。私の部屋にある花はというと、最初の紅の花もまだ揺れ続け、どんどん新しい種を生みつづけている。それどころか、一本として枯れた花はない。種を植えていないので増えてはいないが、減ってもいないのだった。
 なぜか、この花は私の部屋でしか種を撒かないらしい。
 私は2週間に一度、フリーマーケットで少しずつ種を売って小遣いを稼いだ。

 数ヵ月後、最初の紅の花がしぼんでしまった。休日の私は、花が枯れていく様を一日じゅう部屋で見ていた。最期を看取らなければいけない気がしていた。
 最初の花は、最後に一粒だけ種を落とした。今までにない、真っ白い種だった。わたしはその植木鉢に、すかさず白い種を植えた。
 一週間で予定通りに花が咲いた。今度は、真っ白い茎に真っ白い葉と真っ白い花弁を持つ、真っ白な花だった。その花は他の花と同調することなく、奇妙で不規則な揺れ方をしていた。
 その白さが私の毒を吸い取ってくれると思ったのか、私は仕事の愚痴や同僚の悪口を、ずっと、その白い花にぶつけていた。種はまた、真っ白だった。
 ここ最近、私の周りでは悪いことばかりが続いていた。人間関係が上手くいかなかったり、恋愛でも、健康でも、ギャンブルでも、まったく良いことが起こらなかった。常連となったフリーマーケットでもまったく他の種が売れない日々が続いた。毎日毎日ストレスが溜まるだけで、まるでその花が災いを呼んでいるかのようで──
 そのとき、私は気付いた。
 この種に、名前を付けよう。この種の名は、「災いの種」だ。
 そう思ってすぐ、私はグニグニと揺れ動く、あまりにも可愛らしいその白い花の茎をハサミでちょん切った。切り口から、まるで血のように……いや、何よりも赤く鮮やかな、奇妙な紅の液体が流れ出た。
 それは恐怖だったけれど、それ以来、特に何も災いは起こらなくなった。各色の種もまた売れるようになった。私は興味本位から、白い種を並べてみた。これだけは一粒1000円と値を付けた。

 私の作る奇跡の種は、今日も売れ続けている。買ってくれた誰かが大学の研究室に持って行って繁殖を試みたようだが、無理だったらしい。ただ、白い種を除いては。
 災いは、増殖し続ける。私が売った、ほんの10粒は、きっと、世界で……この国でも、この町でも、真っ白な花が揺れるのと同じリズムで増え続ける。どこまでも、どこまでも。
 私はその災いを食い止めるために、各色の種を、今日も、売る。そして集まったお金で、土地を買うのだ。
 幸せと微笑みに満ちた色の花が揺れ続ける花畑を作るために。争いと災いに、人々が涙を流さないように。


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2002/09/03 (Tue) KI SE KI

 ある日、渋谷に行ったら、駅前にいる人がみんな止まってるんです。てんでバラバラに立っているくせに、誰もその場から歩こうとしない。こりゃどうしたことかと思ってそこにいた若者に聞いたら、「奇跡が起こるんだって」と濁った目をテラテラ輝かせながらそう言うもんだから、私も適当な場所に立ってみることにしたんです。
 立ったまましばらくすると、人が少しだけ動き始めました。どこかに行くのか、それとも終わったのかと思っていたら、みんなが隣の人と手を繋ぎ始めました。仕方がないので私も、手提げカバンを地面に置いて左右の知らない人と手を繋ぎました。そしたら今度は誰からともなくみんなが空を見上げ始めました。奇跡は空から落ちてくるのでしょうか。
 そして、見上げたまま手を繋ぎ、無言のままたっぷり5分が経ちました。
 一人二人と愚痴りながら帰っていきます。次第に繋がれた手ははずれ、それぞれが思い思いの方向へ歩き始めました。
 あーあ。奇跡なんて起きなかったじゃないか。
 私もそう思い、足早にその場から立ち去りました。

 でも、帰ってから気付きました。渋谷の時間を止めるという奇跡は、もう、起こっていたんだと。そう思ったとき、奇跡に対する畏敬の念と、そして明日に対する純粋な希望がジワジワと沸いてきました。

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2002/09/01 (Sun) ライトホラー「たまご」

 二十時五十分。閉店間際のスーパーには、人がいませんでした。その日は雨が降っていたせいか、雨セールとか云って、店内の全品が百円というバカみたいな値段に設定されていました。私はここぞとばかりにしこたま買い込みました。米も肉も卵も飲み物も、全部百円だったのです。
 四つもあるレジの三つは店員がいなくて、ひとつだけ空いていたと思ったらいかにも顔色の悪い、ゾンビみたいな女性がフラフラしながら私を待っていました。最後の客だから頑張ろう、とでも思っていたのでしょうか。しかしこの値段は安すぎます。合計で三千五百円買いました。税別です。
 帰ってから冷蔵庫に品物を移していると、卵が割れていることに気付きました。十個入りのパックの端から、白身がトロトロと流れ出ているのです。尋常な量ではありません。三個は割れたと思いまして、卵を確認してみました。
 ヒビがあったのは四個でした。せっかくなので、この四個を使って卵焼きでも作ろうと思います。
 ボールに卵を割っていきます。一個目は、もう白身が流れ出てしまったようで、パコリと割った殻の中には何も入っていませんでした。なぜか、黄身も。
 二個目は白身が少しだけ出ました。やはり黄身はありませんでした。
 三個目はヒビから白身が流れていましたが、これまでの二個よりは軽傷でした。パコリと割るとなぜか赤と黄色が混じったような変な塊がドロリと出てきました。どうやら受精卵だったようです。
 四個目は赤い何かだけが出てきました。
 私は恐ろしくなって、パックの残り六個を全て開けてみることにしました。どうせ百円の買い物です。損をしたとは思いませんでした。
 五個目は人の目玉が出てきました。
 六個目は人の生爪が五枚ほど出てきました。
 七個目は白身の中で一センチメイトルほどの虫の幼虫が一匹、蠢いていました。
 いいかげん、気持ち悪くなってきました。
 八個目は妙に軽いのでした。まるで何も入っていないかのようです。しかし卵を振るとカサカサと音がします。私はエイヤと気合を入れて割ってみました。中にはメモが入っていました。レシートほどの小さな白い紙に、私の名前と携帯電話の番号が赤い文字で書かれていました。
 九個目は血と髪の毛が出てきました。
 ここまで来るともう、あまり怖くありません。せっかくなので五個目に出た目玉も焼いて食べてしまおうかと思っていました。私は十個目をコチコチとまな板の上で叩いてから、力を込めて一気に叩きつけました。
 十個目の卵が割れた瞬間、私の後頭部に鈍い痛みが走りました。恐る恐る触れてみると、黄色いドロドロが手に付きました。どうやら卵の黄身のようです。ああ、こんなところに入っていたのですね。
 なぜか妙に喉が渇いたので水道の蛇口をひねりました。が、水はでません。仕方なく、買ってきた牛乳のパックを開けました。その瞬間、下半身に鈍い痛みが走りました。予想通り、パックの中には赤い液体が一リットル入っていました。そして封を切ったように、私の下腹のあたりから牛乳が大量に流れ出ました。
 頭が痛くて意識がハッキリしないのですが、妙に楽しくなってきました。私はその勢いで買ってきたお肉のパックをビリビリと破り始めました。鳥の腿肉だったと思いますが、そのお肉は半分腐っていました。代わりに私の太腿がパックリ裂け、新鮮なお肉が見えました。
 歩けなくなってしまったのですが、お腹が減っているので仕方なく、床に突っ伏したままで食事にすることにします。気付けば台所は血や牛乳や白身でドロドロです。
 野菜なら大丈夫だろうと思い、キャベツをバリバリと裂いてマヨネーズをぶっかけました。それだけでは流石にお腹が一杯にならないので、買ってきたばかりの西瓜を割って食べました。
 私は西瓜を、種ごと食べる人なのでいつものように貪り食いました。しばらくすると胃の中で何かが動いている感覚があります。
 ゴエエエェェェ……
 気持ち悪くなり、つい、吐き出してしまいました。しかし口から出てきたのは植物のツルだけでした。どうやら西瓜がお腹の中で芽を出してしまったようです。
 やっと分かりました。私はこのまま、西瓜に養分を吸い取られ、西瓜になってしまうのです。どうせなら沢山、実がなってくれればいいと思います。
 そういえば聞いたことがあります。西瓜はかつて呪いにかかった人間の成れの果てなのだと。あの、妙に赤い実は、血の色なのだと。そしていまならその呪いの正体が分かります。それは呪いというより、むしろ希望です。
 沢山の人に食べてほしいなぁ。
 そしてまた、そこで次の西瓜が芽を出すのです。
 生き物が西瓜を食べつくすのが先か、西瓜が人を食べつくすのが先か、あるいは誰も西瓜を食べなくなるのか……
 でも今の私には分かります。もっともっと沢山の人に、この血の色をした果実を、食べてもらいたいなぁ。


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