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2002/10/28 (Mon) あいがよぶほうへ

 夢か現か分からないけれど、そのとき、わたしはカミサマに出逢った。

「人生を2回だけやり直すチャンスをやろう」
カミサマはそう言った。後光のせいで顔かたちは見えない。けれどそのたたずまいと、不思議な光に包まれた空間はまるで天国にいるみたいに思えた。
「あの、どういうことですか?」
「おまえは」わたしの問いかけに、カミサマは答えてくれた。「死んだのだ」

 話によると、わたしはどうやら事故で死んだらしい。そこでカミサマは、わたしを過去のある場面からやり直すチャンスをくれると言った。しかし、やり直すのは今の「わたし」ではなくて、過去の「わたし」だ。つまり、今の「わたし」が過去を俯瞰で見て、人生の選択肢を迫られる場面で今の「わたし」が選ばなかった選択の先を見てもいいよ、ということだった。そのチャンスは2回。わたしはこれまでの人生で、大きな転機を2回経験していたということだ。


 いきなり周りの景色が変わった。そこは大学受験の場面だった。自分の部屋の机に向かい、2つの願書を交互に見比べては考えている「わたし」がいた。今の「わたし」は部屋の上の方からその「わたし」を眺めていた。
 ひとつは本命の志望校、もうひとつは第二志望。ともに私大で、家庭の事情からわたしは一校しかテストを受けることが出来なかった。
 今のわたしは結局、本命の志望校を受験して、そして落ちた。その後はアルバイトをしながら2年ほど過ごし、なんとか販売の仕事に就職を決めた。でも、やっぱり大学に行きたかったという思いは消えることは無かった。
 机の小さなライトだけをつけて願書を見比べる「わたし」に、そっと耳打ちした。
 ──第二志望にしなよ──

 彼女……というかわたし……は、第二志望の大学を選び、受験した。結果は合格。もともと、第一志望はギリギリのラインだったが、第二志望はなんとかなったのだ。ふと考えたが、第一志望のテストを俯瞰して答えを耳打ちするのは……やっぱりよくないか。それはわたしの実力じゃない。とにかく、こうして目の前のわたしは、第二志望の大学に合格した。
 しかし、晴れて大学生となったわたしは合コンやバイトに励み、ブランド物のカバンや財布なんかに気を取られ、下らない男に騙され、そして結局、今の「わたし」と同じ職場に就職した。大学の4年間でわたしに残ったものは、ほとんど何もなかった。ただ「大卒」という肩書きだけだった。
 俯瞰してみて、分かった。「わたし」は、正解を選んでいたと。


 また、急に場面が変わった。大学に落ちてアルバイトを続けていて、やっと出来た念願の彼氏との喧嘩の場面だった。
 いや、それは別れの場面だった。
 思い出した。それはわたしがハタチの頃。付き合っていた彼氏と、ちょっとしたことで口論になった。誰にでも優しい彼は、同じ大学のゼミの子と仲良くなって、勉強の教え合いなんかをよくするようになった。その子には彼氏がいたし、わたしにも紹介してくれたから信用はしていたけれど、勉強会が増えるにつれ、アルバイトで彼と会う暇があまり作れなかったわたしは、わたしよりもその子と会う回数の方が多くなることに嫉妬し、彼に言ったのだ。すると彼は「勉強なんだから仕方ないだろ」と返した。わたしには彼の行動が浮気願望に見えて仕方がなかった。彼が本当に勉強会だけをしていたのかは分からない。ファミレスで勉強していたらしいけれど、本当の所は知らないし、メールにはすぐに反応してくれるけど素っ気ない返事しか来ないことが余計に不安にさせた。
 そしてわたしは自分から別れを切り出した。もしも浮気だったら、と思うとやりきれなくて、傷つく前に彼に告げた。もうイヤ、もういらない、と。
 どうやらこれが、「わたし」の人生に影響を与える第二の転機だったらしい。

 それは口論の最中だった。
「だからもう、勉強なら自分でも出来るじゃない! 男友達とでもすればいいでしょ? どうしてあの子となの!?」
「だから言ってるだろ! ゼミで仲いいのはアイツしかいないんだから! アイツにも彼氏はいるし、ただの勉強会だって言ってるだろ! 酒も飲まないし、私語もしないし、手も握らないよ! 浮気じゃねぇんだよ! 何を馬鹿なこと言ってるんだ、単位がやばいんだよ! 浮気どころじゃねぇんだよ!」
「だって、前にメールしたら深夜2時だったじゃない! そんな時間までファミレスで勉強するの?」
「そうだよ! ドリンクバーだけで勉強漬けだよ! 大学生のテストってのは想像以上にヤバいんだよ!」
「そんなの、言い訳いらないよ! どうして本当のこと言わないの? 1人でも勉強できるでしょ? 受験も他の人と一緒に受けたの? ねえ、1人じゃ何も出来ないの?」
「うるせぇな! とにかく、余計なことばっかり言ってるんじゃねぇよ! 何もないって言ってるだろ!」
「ムキになるところが怪しいの! イヤなの!」
「ムキになってんのはお前だろ!」

 すこし上から2人を眺めていた「わたし」は、その次の言葉を考えた。このままでは「もういらない、もうイヤ!」と言って彼をビンタして駆け出してしまう。もし、そうなってしまったら、雨の中をずぶ濡れで走るわたしは転んで泥とかが服について、もうどうしようもなくなって、駅裏の路地で派手にすっ転んで財布を落として人のことを信用できなくなって仕事も手につかなくなって入院して、全てを失うんだ。そして後日、彼のことを思っても結局連絡できないまま、ずっと1人のままで仕事を続けるしかない。3年ほどして、やっと次の彼氏が出来るけれど……その人とは結婚も考えるようになり……わたしのこの絶望の思いはやっと晴れるけれど、でも。
 ……そんな未来、もう、たくさんだ。
 「わたし」は目の前のわたしにそっと耳打ちした。
 ──彼を許してあげて──

 目の前のわたしが目に涙をためたまま口をつぐんでいると、彼はそっとわたしの頭を撫でた。
「もう勉強会はやめるよ。自分でなんとかテストも頑張るさ。ちゃんと講義に出ないでバイトなんか入れてたのがダメだったんだな。これからはお前のことをもっと大切にするよ」
彼は微笑み、わたしを抱き締めてくれた。
 けれど。
 それから2ヶ月後、バイトだと言っていた彼が向かったのがその女の子の部屋だったことが分かり、わたしは彼から別れを告げられていた。アイツの方が好きなのだと、電話でひとこと言われて終わった関係。わたしは絶望し、そして赤信号の交差点に飛び込んだ。
 命はなんとか助かった。そして彼は謝罪しに戻ってきた。それからわたしたちはよりを戻し、数年後、結婚した。そのさらに数年後、離婚したけれど。


 ふと気が付くと、光に包まれた穏やかな場所だった。後光をいっぱいに背負ってカミサマらしき人がわたしの前にいた。
「……どうする?」カミサマは静かに尋ねた。
 知らず、わたしは涙を流していた。
「どうするって言っても……」色んな思いが無茶苦茶なスピードで駆け回り、答えるどころじゃなかった。「こんな人生なら、わたし、生きてる意味もなかった……」
 カミサマは何も言ってくれなかった。
「この2つの人生の選択肢のうち、どれか一つをやり直せる。どうする?」
そして、すごく冷たい声で、そう言った。
「わたしは」涙をこらえた。「今のままでいい。いいことなんて何もなかったけど。大学も落ちたし彼も失ったし事故で死んだり、最悪な人生だったけど。でも……」
 カミサマは、わたしが何を言うかまるで知っているようだった。
 少し、笑ったように見えた。
「でも、わたし、生きてる意味はなかったけど、生きてた意味はあったのかも」わたしは顔を上げた。「わたしが彼と別れず、結婚して……あれは離婚しちゃったけど、その理由はやっぱり、わたしがいつまでも変わらなかったからなのかも。今のわたしは死んじゃったけど、死ぬ直前までは幸せだった。生きててよかったって思えてた。きっと、旦那も泣いてくれる。そりゃ死んじゃったのは悔しいけど……」
カミサマは少しずつ、遠ざかっていった。
「絶望を知ってよかったとは思わないけど、知らないよりは強くなれたから」

 多分、どの「わたし」も同時に存在しているんだろう。どこか違う世界で。でも、わたしは今の「わたし」が一番好きだ。傷つかずに生きていける人生もあったかもしれない。けれど、その人生じゃこんなにも、自分に素直に、他人に優しくは出来ないと思う。


 ……と、そんな夢を見て目が覚めた。そして僕は辺りを確認する。いつもの、僕の部屋だった。午前五時半、まだ街は真っ暗だった。

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2002/10/22 (Tue) 緋の鳥 飛翔編

 2003年の最後の一ヶ月で、世界は突如現れた宇宙人に征服されてしまった。世界各国の首脳は国際会議を開き、最初は話し合いで解決しようとしたのに結局は民間人を巻き込んでの核戦争となってしまい、小さな都市は次々と犠牲になっていった。
 侵略の手は東京にも及んだ。
 宇宙人は空を飛ぶ円盤で上空を飛びまわっていた。東京ドームほどの巨大な円盤だ。地上からの攻撃は無意味だった。円盤はどんな武器も通さない。そして底面から出るレーザーで地上の人を次々と吸い込み、円盤内部に飲み込んでいった。
 そこで僕は、最愛の恋人と離れ離れになってしまった。
 最後の瞬間、恋人は僕を思い切り突き飛ばした。僕が地下鉄の階段を転がっているうちに、恋人はレーザーの中、何かを叫びながら空中へと浮かび上がって、そして、消えてしまった。
 階段をなんとか上がってきた僕が見たのは、ただ広がる青い空だけだった。

 地下に潜った人だけが助かった。地上にいた人は皆、吸い込まれて消えてしまった。
 やがて、ピカピカのスーツを着込んだ宇宙人が降りてきて、光線銃で生き残った人を次々と撃っていった。銃は円盤から出るのと同じレーザーを出し、それを受けた人は光に包まれて消えてしまうのだった。

 恋人の分も僕が生き残らなきゃいけない。僕は、悲しんでいる間もなかった。使命感に突き動かされ、復讐のチャンスを待ち、生き残りたちと供にひたすら潜伏していた。

 年の瀬を飾った街並みは暗く静まり返ったまま、クリスマスが過ぎた。生き残りメンバーは僕を含めて14人しかいなかった。皆、若者だった。一昨日までは19人いたが、5人はどこかへ行ってしまった。
「世界がもうすぐ終わるんだぞ! 死ぬのを待つなんて無駄だ! せめて楽しまなきゃ意味ねぇだろ! 死んじまった奴らのためにもな!」
そんなことを言い残して彼らは消えた。その5人は、20歳前後の男が3人に女が2人。「死んだ奴のためにも自分は生きなければいけない」それは卑怯な言い訳だ。しかし、この状況ではそれに反論できる言葉はなかった。きっとホテルか、食事ができるところか、とにかく温かいところへ行ったことだろう。彼らは光線銃で撃たれるまできっとセックスを続けるに違いない。それもまぁ、ありだと思う。生きていることを実感する、分かりやすい方法だ。残った14人の中、女性は4人だった。

 次の日、集団から少し離れたところで僕が目を覚ますと、2人の女性が死んでいた。傍らに男が1人、死んでいた。3人とも裸だった。女は自殺、男は殺されたようだった。2人の女性が昨夜、どんな仕打ちを受けたのかを想像し、悲しくなった。この男はきっと、罪を着せられて殺されたのだろう。何食わぬ顔で食料を分け合っている10人を、絞め殺してやりたくなった。
 人と一緒にいることは希望に見えたけれど、本当は絶望そのものだった。
 人に絶望してしまった僕は、生き残りの地下キャンプをあとにした。

 高いビルに登った。円盤は見えない。そこから地下キャンプがある場所を眺めると、ピカピカの宇宙人がその周辺に集まっていた。きっと10人はすでに撃たれた後だろう。
 もしかしたら、この街で生き残ったのは僕だけかもしれない。そう思うと、全てがどうでもよくなった。
 最後の数日間、生き残ったメンバーは「生きていることの実感」とか「いましかできないこと」とか「他の人の分までやらなきゃ」とか、馬鹿なことばかり言っていた。十代後半の少年達だったから、考え方が拙いのは仕方ない。けれど、最後にすることと言ってどうしてセックスとか恋愛ごっことか腹いっぱい食べたりとか物を壊したりとか、そんな欲望しかなかったんだ。
 人は結局、暴力を内包した欲望を満たすことでしか、生きていけないのか?

 どうでもよくなってから数時間が経ち、僕はピカピカの奴らに囲まれていた。銃を構えられている。すぐに撃つんだろうと思っていたが、なぜか、なかなか撃たれなかった。
「どうした? 撃てよ。殺すんだろう? やれよ!」
叫ぶ僕を前に、ピカピカのひとりがヘルメットを外した。出てきたのは、僕の恋人だった。
「……生き残ってたんだね」
恋人は相変わらずな口調で、微笑んだ。
「どうして……」
僕は呆気にとられ、何も言えずに立ち尽くした。
 十秒ほどの静寂の後、恋人は僕に銃を構えた。
「撃つよ」
「……ああ」僕は力なく両手を上げた。

 青い空の下、リリリと光線銃の音が静かにとどろいた。


 気が付くとそこは、不思議な場所だった。ふわふわした虹色の景色で、温かく、気持ちよく心地いい空間だった。目の前には恋人が、裸で立っていた。
「……どうして? 僕は撃たれたんだろう?」
「そうよ。そして、ここに来た。一番最後に来た人よ」
「ここはどこだ? 天国か?」
「天国──とはちょっと違うけどね」恋人は溜息をついて、続けた。「この街はまだマシだった。他の街じゃ、生き残った人は奪い合いと殺し合いをして、必死に抵抗を続けてる……今も」
「あの銃は何だったんだい?」
「あれはね、人を……というか生き物を『次』へ連れて行くものなの。物と欲望が交錯する時代はもう、終わったの。これからは永遠に近いほどの調和が続いていくわ」
「どういうことだ?」
「レーザーに包まれた人は、人間の価値観では分からない高次元へ連れて来られたの。だから傍目には消えたようにしか見えない。ここは高次元空間ってわけ。ここでは、穏やかにいられる。生きることも死ぬことも、奪うことも悲しむことも何もないの。与えられることもないし、考えることもないけど、皆が幸せだけは実感できる。どう? いま、欲しいものって何か、ある?」
僕は少し考えた。
「……ない、な」
「そうでしょ?」
 そう言うと恋人はふわふわな空間に溶けて消えてしまった。けれど僕は動揺さえしなかった。目を閉じ、同じように空間と一体化することを考えた。次の瞬間、僕の身体は柔らかくなり、そして溶けていった。

 僕が「僕」でなく、全ての一部でありそして全てになったとき──つまり空間の一部に溶け込んだとき──僕は全てを理解した。いや、空間は理解していたから、僕はそれを改めて確認しただけかもしれない。とにかく、いまや「僕」はなくなり、「全て」が残った。
 全ては永遠に続いていく。途切れることは無い。かつて僕だったものも恋人だったものも、老人も子供も動物も、生きていた全てが一体化して一つの意思の元に統一された。

 ふと、イメージを浮かべた。地上に残った低次元の存在たちは、この幸福を……全てと供にある幸福を心の奥底で望んでいるくせに、銃に撃たれるという目の前の過程だけを苦痛と断じて抵抗を続けている。殺し合いを迫ってくる。どうしてだ。「全て」はただ、永遠を与えたいだけなのに。
 「全て」の一部は低次元でも存在できるようにピカピカのスーツを着込み、分離して地上に降りていった。生き残ってしまった不幸な存在を飲み込むため、銃を持って。

 かつて「僕」だった者も分離して、地上に降り立った。生き残った人や動物を見つけては銃で撃つ。何か言うことがあるが、低次元の悲しいうわごとを聞いている暇はない。「僕」は皆に幸せを与えたいだけだから、こうしてキミたちを連れて行こうとしているのに。
 泣きながら必死に逃げ惑う子供や弱い人を、ひたすら撃っていく。その表情に「僕」はもう、何も感じなかった。

 自由も意思も自己も他人も、幸福という概念すらいらない。「全て」と一緒になろうよ。どうして抵抗するの? どうしてそんなに「自分」が重要なの? 押し付けられた幸福はいらない? それは低次元の夢なんだよ。「全て」の一部になることは必然なんだ。西暦も日付も言葉も、時間も空間も「わたし」も、喜怒哀楽も思い出も、感情も何もいらない。ただ、「全て」だけがある。それで十分じゃないか。

 助けてくださいおねがいします何でもします命だけは助けてください
 わたしはいいからこの子だけは撃たないでください
 金ならいくらでも出すどうか助けてくれ私だけは助けてくれやめてくれ

 意味の分からない言葉を吐き出す低次元に、「僕」も低次元のレベルで答えてやった。
 顔を涙や何かでくしゃくしゃにして命乞いをする低次元たちに、僕は微笑を浮かべて、そして、容赦も何もないままに引き金を引いた。低次元からすればそれは不思議に思えただろう。命乞いをする弱者に向け、嬉々として銃器を向けているように見えただろう。でも、そんなことはどうでもいいんだよ。

 ねえ、どうして、怖がるの?

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2002/10/20 (Sun) とうめいなくれよん

 100円均一の雑貨屋、1000円均一の洋服屋、10000円均一の貴金属屋ときて、この街に第三弾の均一ショップができた。
 10万円均一の冠婚葬祭屋はおいておいて、もうひとつ10万円均一のショップができたのだ。それはなんと、文具店(!)。
 よっしゃと腰を上げて店内に潜伏。そこは一見、普通の文具店に見えた。しかし、シャーペンとか消しゴムが一個10万円というボッタクリなのか大真面目なのか分からない値段がついていて、手に取る人も不思議そうに眺めている。シャーペンもプラスチックで出来ているし、消しゴムなんてキン消しやガン消しみたいな硬さで、本当に字が消えるのかどうなのか分からない。おまけに店員は「え、ちょっとマジかよ」と唸ってしまうような女の子と、うっかり古時計と一緒に止まってしまいそうなお爺さん……というか長老みたいな……だった。
 そこで、女の子に「この店のオススメは何ですか」と聞くと「あなたは何を買いに来たんですか」と逆に返されてしまった。「なんとなく」と答えると「またですか」と言われた。
「……このお店にある文具は、使ううちに馴染んできて、一生使えるものばかりです。だからこの値段でも決して高くはありません」
そんなことまで言われてしまうと、なるほど、確かに使いやすそうな斬新なデザインのペンなんかがずらりと並んでいる。
「インク切れとかシャーペンの芯切れなんかはありません」女の子はニッコリ笑ってくれた。
 じゃあまた来ます、と愛想笑いで出て行こうとした僕をお爺さんが捕まえて、「今なら特別価格じゃ」と一本のクレヨンをポケットから出した。
「クレヨン……ですか」
「1000円でいいぞ」
「高いじゃないですか」
「よこせ!」
 妙に機敏なお爺さんにお金を奪われ、クレヨンを渡された。しかしそれは、手に持つ部分に紙が巻かれてはいるけれど、本体の色がいまいちよく分からない。微妙、としか表現できない。
「それはな、『こころ』色のクレヨンじゃ。そもそもクレヨンとは、『肌』色に始まり、『髪』色を表現するために黄色や黒や赤が生まれ、『目』を表現するために青や茶色が生まれた。そんな風にして人体の色を12に分けたものが現在のクレヨンの祖。そして最近になってようやく、人を構成する13番目の色、『こころ』が出来たのじゃ」
「心?」
「ハートです」女の子が胸に手を当てた。
 僕はよく分からないまま、帰路についた。

 次の日。いつも通る路地裏のガード(グラフィティアートの溜まり場とされている壁がある)に、そのクレヨンを塗りたくってみた。
 ……あれ。何も映らない。
 まるで透明な油を塗っているかのように、壁には何も色が映らない。これは詐欺だ! と思いながらも、やけになって塗りたくっても全然減る様子がないクレヨンに感心したので、黙っていることにした。
 買い物に行った帰りに再びそこを通っても、やっぱり何も映っていなかった。

 その次の日……というか今日……は雨だった。雨のせいで友達との約束がキャンセルになってしまった。日曜だっていうのに、僕は部屋で一人、ゲームをやっつけたり、残ったレポートをやっつけたり、ときどきポカンと口を開けて天井を見上げてみたりしながら、暇を持て余していた。
 なんとなく外に出た。ガード下にはギターを抱えた青年が一人で歌っていた。僕が一昨日つけたクレヨンは……なんか、青っぽくなっていた。
 青か! と思ったとき、それは薄っすら赤くなった。正確に言えば、そのときの青は「碧」とか「藍」とか、はたまた「緑」とか「瑠璃」とか「群青」とか「空」とか「海」とか「川」とか、そういうイメージを伴った複雑な「青っぽい色」だった。簡単に言うとブルーだった。ついでに後者の赤も、「紅」なのか「朱」なのか「茜」なのか「陽」なのか「夕」なのか、そんな微妙なレッドだった。ピンクだったかもしれない。
 リトマス紙なんかじゃない。僕がその色に疑問を持ったとき、それはグレーっぽい何かに変化した。そのとき、確信した。これは僕の『こころ』を投影した色だ、と。

 謎の10万円文具店に走った。刻々と変わる色を固定したいんだ、と女の子に告げた。女の子は「こちらをクレヨンの上からお塗りください」と、「透明」なクレヨンを差し出した。
「10万円になります☆」
100万ドル積んでも見れないようなその笑顔には、勝てなかった。

 100均で画用紙を買い、帰ってから絵を描いた。心にあるイメージの全てをキャンバスにぶつけた。少しして、キャンバスは色んな色で溢れた。たったひとつの『こころ』色のクレヨンは、沢山の数え切れない色になって僕の心象風景を表現してくれた。すかさず透明なクレヨンを塗る。これでこの絵は消えない。右下に小さく今日の日付と僕の名を刻んだ。
 さぁ、この絵を持って、告白しに行こう。
 もどかしくて苦しかった心象風景、その全てが目の前に、リアルで痛いくらい如実に現れている。キミを思うたびに僕の『こころ』はこんな風に揺れるんだよ、そう言いに行くため、僕は雨の中、丸めた絵を持って部屋を出た。
 キャンセルになった約束をもういちど取り付け、僕はその子との待ち合わせ場所に急いだ。今、僕がこのクレヨンを使ったならきっと、ほんわかしてちょっと焦ったような色が浮かぶはずだ。

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2002/10/18 (Fri) ヤンキー母校に帰る

 あれは僕が中学生の頃。
 今思えば反抗期もいいところで、何かあったらキレて暴力を振るい、学校の窓ガラスなんかをバットで割りまくっていた。2日に1回は喧嘩して相手の鼻を折ったり顎を砕いたり学ランを破いたりしていたヤンチャ坊主だったけれど、そのたびに父親が学校や相手方の家まで謝りに来ていた。僕は生徒指導室とかで、隣で頭を下げる父をかっこ悪いと思い、足を組んで外を見ていたものだった。先生は「そんなんじゃ将来、ダメな大人になるぞ!」と繰り返した。
 ダメな大人になってしまってすみません、みなさん。
 ある日、クラスで席替えがあった。そんなもんがあろうがなかろうが僕の席は窓側の一番後ろだと決まっていたので、そのときも腕を組んで空を見ていた。授業なんか真面目に聞いたことなんかなかったから、黒板を写したりすることもなかった。
 その日、教育実習生がやってきた。その中学が母校だという、大学生の優男だった。僕は彼をナメてかかり、やはり授業など無視して空を見ていた。チンダル現象が美しい空だった。
「おい! そこのお前! 一番後ろのお前だよ! 訊いてんのか!!」
そっぽを向いていると、チョークが飛んできた。チョークは僕の机に当たった。僕はキレて席を立ち、教壇までのしのしと歩いた。
「なんだその歩き方は!」
僕が殴りかかろうとしたとき、彼は僕を思い切りぶん殴った。
「この腐った蜜柑野郎が!」
彼はそう言って唾を吐いた。そのとき思った。こいつは違う。普通の教師じゃねぇ。
 その日の夕方。やっぱり生徒指導室に呼ばれた。律儀に行くのもほとんど日課だった。
「お前……先生にはわかるぞ。お前の言いたいことがな」
「あん!?」
「一番後ろの席じゃ、黒板が見えないんだろう?」
「なんだと?」
 ──図星だった。
「さあ、先生と一緒に眼科へ行こう。コンタクトを買ってやる。眼鏡じゃダサいだろう? 不良なら不良らしくカラーコンタクトをキメたらどうだ? ピアスなんかよりよっぽど自己主張できてるだろ」

 数時間後。赤のコンタクトを入れて視界がハッキリした俺は、初めて彼の顔をまともに見た。
「どうだ、よく見えるか?」彼は満面の笑みを浮かべていた。
「うるせぇな。これはもらっといてやるよ。ありがとな」
家に帰った。それ以上、彼の真っ直ぐな目は見れなかった。
 父が帰ってきたとき、どれくらいぶりだろう、父をまともに見た。
 僕を生んですぐに母を亡くし、男手ひとつで僕を育ててくれた父。しわの目立つ背広や、アイロンのかかっていないワイシャツ。それでもきちんと締めてあるネクタイ。疲れた背中と、年季の入った革靴。「ただいま」と笑って僕に言ってくれたその顔。顔さえまともに見ていなかったから、髪に白髪がこんなに混じっているとは知らなかった。
「おかえり……」
それ以上何も言えなくなり、僕は部屋に篭った。
 ──どうだ、よく見えるか?

 それから僕は、バットを持つのは部活だけにした。授業中は真っ直ぐ前を向くようにしたし、席替えも参加するようにした。放課後の掃除も、図書委員も、マラソン大会にさえ参加した。
 赤い目の生徒会長。いつしか僕はそう呼ばれるようになった。僕が卒業した次の年、あの教育実習生が中学の教師として赴任したらしいことを聞いたが、特に挨拶には行かなかった。
 しかし、彼の言葉は僕の胸に今も響いている。
 目に入るものを真っ直ぐに見つめ、受け止めること。ときどきはやっぱり空を見上げて物思いにふけってしまうが、それでも僕は、僕の目線で……他人(ひと)の目線で、これからも真っ直ぐな気持ちで色んなものを見つめていこうと思う。
 あの秋晴れの空は、今もこの赤い瞳に映っていますよ、先生。

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2002/10/15 (Tue) アンダーソン

 彼が救世主と呼ばれるようになったのは、やはり奇跡を起こしたからだろう。
 彼はずっと前からこの場所にいた。毎週日曜になると黒いローブを身にまとい、駅前のコンコースで鈴をチリチリ鳴らしながら立っていた。そして腰から下げた籠に小銭を入れてくれる人に、奇跡の左手をかざしていた。
 彼がかざした左手からは、金箔のような粉が現れた。どこかの学者の研究によれば、それは純金に近い金だったという。それが知れ渡ってから、彼は有名人となった。しかし、彼はいつでも金を撒き出せはしなかった。彼が金を出せるのは、籠に小銭を入れてくれた人に対してのみだった。本当は出来るのかもしれないけれど、彼は金を「返す」ことにしか使わなかったし、量的にも1グラムにすら満たない、儚い金箔だったから、人は彼を凄い人物だとは思いながら、小銭すら捧げることなく、通過していった。
 ある日、シャツをジーパンに入れてリュックから丸まったポスターを覗かせた、太った眼鏡の男が彼の前に立った。そしてガマグチの財布から100円玉を数枚取り出し、言った。
「金粉はいいから、僕の望むものを出してくれ!」
彼はうむ、と頷いた。
「ぼ、ぼ、僕の言うことを何でも聞いてくれる、身長145センチで胸が膨らみかけてきて、でもエッチなことは沢山知っていて毛穴のない、髪は緑色でパンツにはクマかウサギが描いてあるような女の子を出してくれ!」
 彼は一瞬、この男にすんげぇメンチをくれたが、すぐに平静に戻った。
「効果は今から二時間。よいかな」
「は、はい! 早くしてくれぇ」
彼は左手を高くかざし、エイヤと叫んだ。次の瞬間、彼の前には身長145センチでTシャツにキャミソール、ジーンズのスカートをはいた緑色の髪の少女が立っていた。
「や、ありがとうございます! これはお礼です!」
男はさらに一万円札を籠に入れ、少女の手を取って走り去っていった。
 それが、きっかけだった。
 すぐに噂を聞きつけた人が訪れた。彼は全ての人の欲望を聞き、二時間だけ存在する奇跡を生んでいった。何でも言うことを聞く少女、少年、現金、銃、麻薬、世界一美味しい食事など、ありとあらゆる『存在しないもの』を生み出していった。それらは全て、二時間後には消え去ってしまっていた。
 彼が救世主と呼ばれる奇跡を起こしたのは、ある日現れた一人の少女の願いを聞いたからだ。
「世界を救ってくれるヒーローを出してください!」
 彼はいつもどおり、手をかざした。次の瞬間、彼の前には5人のコスプレ戦隊みたいなのが立っていた。彼らは少女には目もくれず、「行くぞ!」と掛け声をかけると凄いスピードで走り去っていった。
 それから2時間以内に、世界中の犯罪者、支配階級、宗教家、王とその一族、政治家、高利貸し、悪徳商人、いじめっ子、クスリの売人、戦士、軍隊、危険思想を持つ者、不正を行う全ての人が、虐殺された。
 全て、必殺技で一撃のもとに即死だった。
 それから、世界は混乱に包まれた。数日後、また少女がやって来た。
「世界の混乱を収める救世主を出してください!」
彼が出したのは、白いローブをまとった彼とそっくりな男だった。
 彼にそっくりな男は、その場で彼を殴った。彼は気絶したのか、起き上がらなかった。そっくりな男は右手をかかげた。そして手から出る光を自分の身体に浴びると、どこかへ行ってしまった。それから数日後、そっくりな男はこの国の軍隊を率いて世界を一気に占領してしまった。世界はその男のものになった。
 そんな伝説が、この世界には、ある。そのそっくりな男というのは現世界大統領で、ある日突然現れて以来、40年以上も現役で世界の頂点に君臨している。大統領の側近には、大統領の双子の弟と言われる人物が居て、彼が起こす奇跡を大統領の起こす奇跡で覆った時、本来なら2時間で消えてしまう幻想が永遠に形を残すものになるらしかった。しかしテレビなんかで見るその弟というのは、もうかなりの老人だ。どうして双子なんだろう。親子じゃないのか?
 しかし事実、24時間365日体制で街を見張り、悪人がいれば即処刑するシェリフなんかが現れたのも、大統領が現れて以来だ。世界にはもう犯罪は起こらない。起こった瞬間に犯人は処刑される。
 噂によると人々は、大統領に反乱をけしかける気らしい。不老不死のシェリフが沢山いる中、解散した軍隊を集めてシェリフとその上の5人の戦士というポリスを倒そうという計画だ。でもきっとそれは失敗に終わるだろう。
 もし彼らを止められる者がいるとすれば、あの老人……救世主と呼ばれている黒いローブの男だけだ。

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2002/10/06 (Sun) 甲賀忍法

 駅前になぜか出店。しかも金魚すくい。季節外れのそれが妙に気になって、ちょいと寄ってみたのです。よく見るとそれは「金魚救い」。店のおっちゃんはニヘラと笑い一言。
「ほら この金魚ども 早く救ってあげなよ じゃねぇと 死んじまうぞ」
「あら それは どうしてかしら?」
「この水はな 直輸入の 死海の水よ だからこいつらは 息もできねぇ」
クククと笑い出す始末。
「じゃあやるわ おいくらかしら?」
「一回100円だ」
おっちゃんはそう言うと紙の貼られたすくい網をひょいと私に手渡して。私はそれで3匹の金魚をすくい上げて。そして紙は破れ。
「もう一回やるかい?」
「いえ いいわ 私にも生活があるのよ あんまり沢山の命を抱えていくことは できないわ」
 そうして家に帰って、水槽代わりに大き目のボウルに入れて、水を張って。

 二日後、3匹だった金魚に混じって1匹の小さな金魚が。
「あら 子供 生んだのね」
私はそれを優しく見守って。きっとこの子達も救われたことを喜び生を謳歌していることでしょう。
 その二日後、また一匹の小さな金魚が増えて。その二日後には2匹増え、そのまた二日後にはまた2匹増えていくのでした。
「あら 困ったわ これじゃあ増えすぎじゃないかしら」
このままのペースで増えていけば、すぐにボウルに収まらないほどになるでしょうし、世話も見切れなくなってしまう。
 夕方、また駅前に行ってみると、あの出店がまだ、ぽつねんとおっ建っていたのでした。
「あら おっちゃん このまえここで取った金魚ね ちょっと増えすぎて困るのよ」
「おう 嬢ちゃん それは当然 あいつらは淡水の中じゃ好き勝手しやがる だから俺はこうして直輸入の死海の水で 生と死のハザマでギリギリ生かしてやってるのさ」
「私もこの死海の水で育てれば いい感じに観賞用として 育つかしら?」
「ああ だが 気をつけねい 死海の水で育った生物は いつも瀕死だが 死ぬことはねぇ」
「あら それは怖いわね でも 面白いかも 一生鑑賞できるんでしょう」
「そうだな そうとも 言える」
「じゃあ この水を ちょうだい」
「ああ 1リットル 1000円だ どうだい」
「ちょっと 高いわね でも 仕方ないわ」

 帰って 私 ふと 気付いて また 出店に 戻って。
「おっちゃん あと100リットルほど ちょうだい 車に積んで 帰るわ」
「あいよ 嬢ちゃん 何か 考えたな」
「いいえ 大き目の水槽で 飼おうと 思っただけよ」
 100リットルの死海の水 お風呂に張って 今夜は 彼を部屋に呼んで。
「やあ 久しぶりだね」
「うん お風呂にする? 御飯にする? それとも 私?」
「あはは お風呂に入って 御飯を食べて そしてキミを食べよう」
「いいわよ じゃあ お風呂できてるから 入って」
「一緒に 入ろうよ」
「ええ じゃあトイレ行って来るわ 先に 入ってて」
 そうして 彼 先に お風呂に。

 それから すぐ 私の部屋 大きな大きな 水槽が届いて。
 その中には 観賞用の 彼氏。ほとんど動かないけれど 死ぬことはないし ときどき目玉をギョロリと動かして 私を見て 何か言いたげな表情を作るだけの オブジェ。

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2002/10/01 (Tue) 蓬の叢で掌を

 いつも通る橋の下に、降りていった。自転車で通る景色は、見ているようで見ていないものだ。この橋の下も小さい川だろうと馬鹿にしていたが、川べりは変な草が生えていて良い景色だった。しかも意外と広い。パッと見、その草で覆われていた。
 25メートルほど……そう、プールほどの距離の先に、この草を千切っては買い物籠に入れているおばさんがいた。変わった人もいるもんだと思って眺めていたら、僕の方に近づいてきた。
「何ね、あんたぁもヨモギば刈りに来よったとかね」
「ヨモギ?」
「そうよぉ。ヨモギたい」
予想外の方言に一瞬、呆気に取られていたけれど「これね」とおばさんは買い物籠の下のほうにあった包みを取り出した。開くとそこにはお饅頭が入っていた。
「ここのヨモギば練りこんだ饅頭たい」
ほとんど強引に、そのお饅頭を食べさせられた。しかし意外に、美味しかった。
「うまいです」そう言うとおばさんはカッカッカと笑って、またヨモギ刈りを始めた。
 僕も茎を一本、千切ってみた。ふむ、見た目はなんてことのない野草だ。このまま食べられるだろうかと思い切って噛んでみた。苦いようで味がない。草くさいだけの草だった。
 手の平に緑色が付いた。ジーパンで拭って、パンパンと払った。
 拭うこともないなと思いなおした。おばさんは一体どこの人なのか、まるで農作業を続けるように刈っている。さっき見たその手は、ほとんど緑色だった。
 僕も手が緑色になるまで千切って、マックの紙袋にヨモギを詰めた。太陽が高かった。手をかざしてみると、黒く流れる血潮が見えた。
 ミミズやオケラやアメンボなんか大嫌いで死んでしまえばいいけれど、ああ、僕は生きてるのかなぁ、と嬉しくなった。
 温かい、秋の午後だった。

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