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2004/01/28 (Wed) テレホン

 公衆電話からの着信は、胡散臭いのであんまり出たくない。
 けど、公衆電話からかけるのは好きだ。もちろんケイタイは持ってるけど、行き交う人を背に「俺、電話してます」って主張するみたいにボタンを押し進めていく瞬間がたまらなく好きなのだ。電話ボックスもいい。タバコ屋の前のコイン専用の電話もいい。子供のころは漠然と、こうして物理的な線で人と人が繋がって行くんだなぁと感心していた。
 そんな俺が大人になった、ある日の物語。

 電話が繋がるというのは物理的な線と線を交信させて話をする「有線トランシーバー」だと漠然と考えていた。電話線というのが一家に一台あって、公衆電話にもあって、個々にユニークな番号がある。それを繋げるだけなのだけれど、その番号は少なくともこの国に一つなわけだから、それってすげえ! と思っていた。
 それが今は曲りなりにも21世紀。
 ケイタイ電話は今や一人に1台という時代。090以下のたった8桁しかないわけで、それは簡単に言うと10の8乗しかユニークさがないということだ。080とか070も同じ、いや、固定電話も結局同じなのだけれど。そのユニークの中には日々テレビの向こうにしか見ることができない人もいればいつも隣にいてくれる人もいるし、疎遠になった友達も、かつて心を焦がしたあの人もいるわけで、今まで通り過ぎた同級生や先生や友達や恩人や、それこそ数え切れないほどの人がいるという事実は、大人になった今でもときどき数字を数えてはすげえ! と思う。
 けれど、繋げるのは物理的なラインを持たないケイタイ同士。それは一見すると当たり前だけれど、ちょっと斜め左から見るとすげえファンタジーに見えてくる。つまり、無線で通信しようとしている先にあるのが物理的な存在じゃないかも、という可能性だ。

 機種変更したばかりの二台のケイタイを机の上に並べてみた。
 つい1時間前まで左のケイタイは使えていた。今はその番号を右のケイタイに移してしまったからもうただのデジタルガラクタでしかない。カメラとしても使えるけれどメール添付できないからほとんど意味はないように思える。
 パッと見はどちらもただのケイタイだ。電源を入れればどちらも普通に使えそうな気がする。けれど左のは番号を持たない。世界の中で孤立した存在、というわけだ。
 だけど、今や21世紀なんだぜ? 機種変したケイタイも、無線できっとどこかに繋がれるはず。絶対、そのはず。それを僕の思い出だ、なんて短絡的に繋げることは簡単だけれど、こう考えちゃどうかな。
 使えるケイタイをオンラインとすれば、オフライン専用のラインもどっかにあるって。
 ほら見ろよ、ケイタイショップのお姉ちゃん。こんな俺を笑うかい?
 左のケイタイが、新規メッセージを受信しはじめたじゃないか。きっとそれは、普段の僕らの「声」が届かない場所からの。

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2004/01/25 (Sun) スリーピース

「ねえ、たまにゃこっち見たらどうだい? キミの背中はもうずいぶん傷だらけだよ」
 僕の一歩後ろを歩く彼に言ってみる。彼は力なく微笑むけれど、結局こっちを見ようとしない。僕はいつも彼のことや僕の前を歩く彼女のことが気になって仕方がないのでキョロキョロしながら歩く。おかげで道に迷いそうな二人をどうにか僕の視界に収めておくために右往左往でてんてこまいだ。
「おーい、早く来ないとおいてっちゃうぞぉ?」
 少し前を行く彼女が笑う。彼女が走り出すとそれはもう凄いスピードなので僕らは追いつかない。頑張って走るけれど、後ろの彼は僕に手を引かれながら後ろ向きにふらふらついてくるだけだ。いつも疲れるのは僕。けれど僕らがたまに交差点にさしかかったときは、どの方向に行くかは僕が決めることができる。
「ねえ、どっちに行くの?」彼女が微笑む。
「別にどっちでも構わないよ」彼が笑う。
 僕はといえば、いつも決断を迷う。あんまり迷いすぎた時は彼女が勝手に進んでしまう。細い足でドアを蹴っ飛ばしてどんどん先へ進む。素足の彼女の足跡を僕はなぞる。だから彼女の足跡はいつも残らない。振り返ってみると僕の足跡は彼にしっかりと踏みつけられているから、結局僕の足跡も残らない。その代わり彼の足跡は、今までの道の全てにしっかりと残っている。
 辺りを見回しながら歩く僕がときどき目にするのは、彼と彼女が「謎の男」と呼んでいる紳士だ。あいつは僕らの行く末をまるで知っているかのようにいやらしく笑う男だ。僕はこっそり、彼に聞こえないように呟く。
「ディスティニー男爵、僕らの足跡はアンタの決めた道なんかにゃ残さないからな」

 僕らはいつも、思い思いのステップで、思い思いのスピードで進む。
 いつも笑ってる目の前の彼女、ミス・トゥモロー。
 いつも傷だらけで泣きそうな彼、ミスター・イエスタデイ。
 いつも迷ってる頼りない僕、トゥデイマン。
 僕らの旅は、いつ終わるだろう? いつでもいいさ。ねえ、ミス?
「そんなこと分かるわけないでしょ! 下らないことばっかり考えてないでほら、見てみなさいよ! こんなに広くて輝かしい道、止まる気になんてなれないでしょ?」
 たまにゃ休もうよ、なんて僕が言うと今度は後ろを歩く彼が言う。
「まだ休む時じゃないよ。全然疲れてないさ。見える道が明るいうちは歩こう?」
 やれやれと肩をすくめる僕が見たのは、ミスが行こうとしている“輝く崖”。彼女はいつも危険な方に向かう癖がある。リスクの高い道はすごく美しく見えるもんだ。だから僕は少し離れたところからその道を見て、それが間違ってんだってことを教えてあげる。
「おいこらミス! そっちは間違ってるだろ!」
 あららと口を押さえて照れた彼女は、だけど悪びれた様子もなく、まるで何もなかったかのように方向を変え、歩き出し、そして、笑った。

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2004/01/20 (Tue) ランプ

 飛び掛った彼は、目の前に立っていた弱そうな生き物を引き裂いた。縄張りに入った奴は許さない。間違いであればすぐに出て行くことだ。立ち止まっているならそれは敵意だとみなし、それがどんな弱者だろうと全力でもってキバをむく。勝利を収めた彼は、いつものように大声でオン、と吠えた。遠くにいた獣達が縮こまるのが分かった。
 夕方、戻ってくるとハイエナ達がその骸(むくろ)にたかっていた。彼はオン、と低く吠えてハイエナを追い払った。倒れていたそれはまとっていたボロキレを引き裂かれ、手足を千切られていた。横に転がっている袋も、大きな穴を開けられている。硬くてカシャカシャ鳴る黒い物も転がっていたけれど、人間臭くて噛んでみる気にすらならなかった。

 サバンナが雨季に入った頃、雨の中で他所から来た、黒い鬣(たてがみ)の大きな獣と決闘した。奴は色んな縄張りを食い荒らす、はみ出し者の乱暴者だった。その悪名は彼の耳にも届いていた。彼の黄金色の鬣と縄張りと守るべき群れの仲間たち、その全てを賭けた決闘だった。
 最後の一瞬、ぬかるみに足を取られた彼は背後を取られた。次の刹那、彼の首から背中にかけて大きな爪跡が。
 ひるんだ一瞬を、黒い鬣を持つ獣は見逃さなかった。彼の瞳を爪で切り裂き、彼の首に噛み付いた。そこで勝負は付いた。奴は彼を殺さなかったけれど、それはつまり群れの仲間の前で敗北者の烙印を押す儀式みたいなものだった。
 負けた彼は、もう群れにはいられない。
 彼を止める獣もいたけれど、決闘が王者の全てだった。彼はサバンナを去り、群れは黒い鬣を持つ獣のものとなった。

 弱っていた彼を狙ったのは、いつも彼の機嫌を窺っていたハイエナやチンパラ達だった。ここぞとばかりに群れで彼を狙い、じわじわと追い詰められた。もはや、ハイエナが欲していたのは彼の骸や血肉ではなく、死に掛けの獣をいたぶる優越感だけだった。
 オン、と大きく吠え、彼は全力で走った。雨の中も風の中も、ひたすら走った。そして、そこがどこでどんな群れの縄張りなのかが分からない荒野に辿りついた。
 彼は、後悔していた。決闘に負けたことも、ハイエナから逃げなければいけなかったことも、全ては自身の高慢から来た油断だった。

 たまたま見つけた洞窟には、小さな泉が湧いていた。足先まで痺れそうなほどに冷たいその水は、なぜか彼の手足と、背中と、目と、そして首の痛みを和らげてくれた。ただ、彼はもう何日も食べていなかった。水だけではチカラが出ない、けれど洞窟を出る気にもなれない。
 洞窟の先に見える明るい荒野が、彼には怖かった。
 もしもまた外に出て、強い獣と決闘することになったら自分は勝てるだろうか。
 勝てるはずがない。満身創痍のままでは、走りすぎて丸くなった爪では、ハイエナ一匹倒せない。そして、彼は今、敗北の先にある恐怖に怯えていた。それはつまり、「死」だった。
 彼は今、生まれて初めて「死」を怖いと思った。

 洞窟の奥はやけに人間臭かった。もしも今、大きな音と謎の石玉を撃ち放つ人間と出くわしたら、俺は殺されてしまう。怖い。けれど、なぜか彼の足は言うことを聞かず、奥へ奥へと歩いていった。
 一番深いところはなぜか明るく、大きな石の寝床と食料が置いてあった。冷たい湧き水はこの辺にも出ているらしい。とりあえず袋を漁り、味のない食事をとった。

 なぜ、ここは明るいのだろう。満腹になった彼はふと、そんなことを思った。どうやら天壁に吊るしてあるガラスと石で出来た引っかかりのあるそれのせいだ。さて、それは何だ?
 彼は前足でべしべしと三度ほど壁を叩き、そして思い切って飛び上がった。
 天壁どころか天井まで、足が届いた。明かりを生んでいるそれを咥え、洞窟の入り口まで歩いていく。

 その小さな明かりのおかげで、洞窟には夜はなくなった。彼はわずかな食料を食べ、冷たい水を飲み、そして明かりを見つめてしばらく過ごした。
 ある雨の日、目覚めてみると明かりは消えていた。ガラスの中にあったのは炎ではなく、太陽のような明るいものだった。それがどうしてか、何の輝きも放たなくなってしまっていた。
 ──ああ、こいつも死んだのだ。
 彼は、そう理解した。その明かりを生む無機物でさえ、死ぬのだ。多分この洞窟に帰ってくるはずの人間も、サバンナのどこかで死んだことだろう。もしかするとそれは、俺が殺したのかもしれない……
 小さな明かりが死に、人間が死に、そして今も……そう、こうしている今も、ハイエナに襲われているシマウマなんかは死んでいくだろうし、あの黒い鬣に殺された獣もいるだろう。それなのに、どうして俺だけが死を恐れてこんな暗いところに閉じこもっているのだ?
 大切な仲間達が殺されている今この時に!

 冷たい水を一口飲もうとして首を下げたとき、彼は口にしょっぱい水が入ったことに気付いた。水に映った自分の顔を見た。黄金色の鬣は今はもう、すすけて色褪せている。奴にやられた目は塞がっているし、やつれてしまっている。
 そのとき、残った片目が水を流しているのを見た。その水は、やけにしょっぱかった。

 彼は、腹の底から、吠えた。オオオンと大きく低い叫び声が、洞窟にこだました。
 雨を睨みつけ、彼は前足に力を込めた。足が埋もれてしまうくらい、地面を削るくらい、鼻をこすってしまうくらいに前かがみになって、全身の筋肉と黄金色の名残を残す毛を震わせ、そして全力で地面を蹴り、飛ぶように駆け出した。
 雨も風もぬかるみも、もう、彼には関係なかった。目指す先は彼の故郷、愛すべき仲間達の待つサバンナ。半分しか映らない景色を睨み、黒い鬣のあいつを倒すため、彼は走った。
 手も、足も、腹も、背中も、鼻も、目も、首も、もう、痛みなんてなくなっていた。

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2004/01/15 (Thu) くだらない歌

 19や20で名誉ある賞を取った将来有望な若者の著が山積みにされているのを見て、自分のこれまでの努力は無駄だったのかと涙を流したくなった。
 高校を出て目的も無く上京、坂の上の安アパートで一人暮らしを始めてもう十年が過ぎようとしている。季節が変わるたびに希望を背負った若者がアパートに越してきて、そしていくつかの季節が過ぎると出て行く。それを何度も何度も見てきた。もう人生を何回か終えてしまった老人のような気分になった。人の成長を見ることが、自分の停滞を見せ付けられるようで怖かった。いつも口ずさんでいた歌も、何度かの季節を経て色あせてしまった。同じ時期に上京してきたかつての友人が書いた、夢と希望に溢れたくだらない歌。当時はそれが自分たちの活力を生みさえするものだと信じきっていた。
 今までの人生は、何だったのだろう。最近、何度も自問する。
 就職が決まらないまま数年を過ごし、ここ2、3年でやっと土木の作業員として職を得たはいいけれど、そんなところにいると本当に自分が腐ってしまいそうだ。そして疲れて帰ってきた自分を癒すものが冷蔵庫一杯の缶ビールだったりするから本当に死にたくなる。手ごろな縄があるといつも輪っかを作ってしまう。
 それでも、そんな社会の底辺の泥まみれの中年に差し掛かったとりえの無い男にも、ひとつだけ譲れないものがある。あるはずだ。かつての情熱はどこかへ行ってしまったけれど、不意にそいつがひょっこり顔を出しては背を押す。上京する前からずっと続けていることだ。安アパートで今もまだ、書き続けている。落選した作品のコピーは部屋の一角に山積みになっている。自分にしか書けない最高の物語があるはずだと信じきって、少しずつ、書く。ただ書く。それしかないから、書く。
 けれど、現実はその全てが、誰にも認められないまま消えていくだけで。
 若い実力者へのバトンタッチは、あまりにも大きな舞台で行われた。それを見た自分はもう、この道を行くのはやめようと思った。
 工事現場でモルタル練ってるオヤジでも、小説くらい読むんだぜ。それが矜持だったはずだけれど、いつのまにか夢も泥まみれになって心のゴミ捨て場に打ち捨てられてしまっているようだ。
 偏屈扱いされて孤独と戦い、辛い作業ばかり任されてそろそろ身体もいかれてきてるけれど、まだ諦め切れなかったのは自分を信じたいからだった。先日、背骨が軋む音を聞いた。それはあまりにも低く鈍い音だった。どうしてこんなことをやってるんだろう、友達もいない、恋人もいない、すがるものも何もないのに、どうしてまだ書いているんだろう。

 休日、たまたま歩いていた土手に、綺麗に磨かれたナイフが落ちていた。刃渡りは20センチ以上、サバイバルナイフというやつだ。それをジャンパーに隠して持ち帰り眺めた。こいつの切れ味はどんなものだろう。いつも現場で使っているカッターなんかとは段違いだ、それだけは分かる。たとえば、腹を刺したら。首を切ったら。
 人が一瞬で楽になれるほどの切れ味を、こいつは秘めているのだろうか。
 迷いながら、刃を自分に向けた。思い切って突き立ててみたい。楽になりたい。こんな世界、自分一人がいなくなったって同じだった。首に刃を当て、滑らせてみた。痛みは、なかった。鏡を見ると首から真っ直ぐに血が流れた。もう少し力を込めたら、きっと、楽になれる。
 もういい。もうやめたい。楽になりたい。
 最後に誰かに謝りたい気持ちになったけれど、誰の顔も浮かばなかった。

 俺は、いま、死ぬ。
 大きく振りかぶって、目の前でナイフを光らせた。このまま、全力で喉元に突き立てるだけだ。それだけで俺は楽になれる!
 目は見開いたまま、ナイフを、思い切り突き立てた。ふと視界に入ったのは、部屋の隅にもう30センチも積んである原稿用紙の上にあったペンだった。そのペンが、心の中で呟く。

 ──御話が、好きなんだろう? まだ、書き足りないんだろう?

 鈍い音と感触が手に響いた。刃はギラリと光ってその存在を主張したけれど、30センチの原稿用紙の半分にも届かなかった。
 ほらみろ、てめえ。
 知らず、涙をこぼしていた。ナイフじゃ、御話ひとつも殺せやしない。人を一瞬で殺せるとしても、人の思いは切り裂くことなんて出来やしない。即座に畳の上に転がったペンを握り締めた。すでに色褪せている皺の入った原稿用紙を乱暴に伸ばし、震える手で文字を刻む。それはまるで、凶器で切り刻むかのような鮮やかな感触で。涙で歪む視界も、濡れて破れた用紙も関係なかった。ただ、まだ、いける。それだけあれば十分だった。

 相棒、まだ、書かせてくれるのかい?

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2004/01/08 (Thu) step in step

 駅前の靴屋は、客引きがいつもうるさい。
 メガホンを持って大声で怒鳴りながらスニーカーの安売りをうたう。それはいいのだけれど、頑張ってるわりに客はあまり入っていないようだ。駅から一番近い、ほとんど一等地にあるショップで品揃えもそこそこだというのに。何が悪いかは分からないけれど、その客引きの元気だけがとりえで、ほかに売りになるようなものはないみたいだった。
 ある日、いつもの客引きがマスクをしながらメガホンで叫んでいた。
「スニーカー全品30パーセントオフでーす!」
いつもの台詞だけれど、彼の声はかすれていた。まるで路上で歌い疲れたギターマンのように、ブルースを歌い出しそうなくらいに、それしか言葉を知らないオウムのように、かすれていた。
 彼から10メートルほど離れた場所で待ち合わせをしていた僕は、ときどき額に手をあててふらふらしている彼を見ながら、生きるってことは大変なんだなぁ、と思った。それはもう、ほとんど「励まし」だった。
 きっと高熱にうなされているんだろう。喉も腫れてろくすっぽ声も出ないんだろう。
 けれどいつもどおりに声を張り上げる彼は、自分の身の上の辛さなどおくびにも出さず、ただひたすらにスニーカーが30パーセントオフであることを叫んでいた。
 朝9時から夕方6時まで、途中休憩をとりながらでも叫び続ける彼に、きっと駅を利用する人全員が励まされているんだろう。
 朝には「いってらっしゃい、今日も元気で」と。
 昼には「こんにちは、今日もいい天気ですね」と。
 夜には「お疲れ様、ゆっくり休んでまた明日」と。
 スニーカーなんてどうだってよくなってしまう、彼のブルース。変わらない台詞に込められた励ましの言葉たちを受け止め、勇気を貰う。それを直接返すことは出来ないから、このくたびれたコンバースを今度、新しいのに変えようか。
 少しして、彼女が来た。手を繋いだ僕らは駅へと入っていく。
 じゃあ、またな、ブルースマン。お前が声を張るなら、俺も落ち込んでなんかいられねぇよな。今日は休みだけれど、明日からはまた俺も声高に叫ぶよ。俺らが生きてるってことを、嗄れ声のブルースで。

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2004/01/02 (Fri) プレゼント

 目の見えない彼女にカメラをプレゼントしたのは、残酷だったかもしれない。
 仕事を辞めてカメラ一筋で生きていこうと決めてから4年、やっと僕の写真が認められた。スクープを狙って新聞屋に売っては小遣いを稼ぎながら、僕が切り取る風景、ひいては僕の世界、というものを構築していくという作業を続けた。それは過酷で、自虐的で、羞恥にまみれたものだった。個展を成功させてプロの称号を自称ではなくした僕は、それまで使っていた古い型のカメラをプレゼントしたのだった。
 カメラといってもそれはデジカメだ。デジタルカメラという機械が市場に出回ったばかりの頃に頑張って買った200万画素のカメラ。それは当時の技術の最先端を行く「一眼レフ型デジタルカメラ」だったけれど、今じゃ携帯電話のカメラにも劣る性能だ。ブレるし容量は少ないし電池も全然持たない。そんなゴミみたいなカメラだけど、僕の気持ちを贈るという意味では最高だと勝手に思いこんでいた。
 そもそも、写真を撮るという行為は日記を書くことにも似ている。自分の世界をさらけ出す、あるいは形として小さなキャンバスに収める、ということ。それは世に出さなければ趣味か自己満足と同じで、言ってみれば鼻歌みたいなものだった。
 高校を卒業して初めて車を運転したときの事故で光を失った彼女は、「文章を書くことも写真を撮ることも歌を歌うことも同じに思えるようになっちゃった」と言った。僕にはその意味がどうしても分からなかった。
 個展最終日の打ち上げを終えて帰ってきて、その日はすぐに眠った。
 次の日の朝、前日にポストを確認してなかったことに気付いたのは撮影所に出かけるときだった。ハガキよりもちょっと小さい手紙が一通届いていた。裏返してみて、不覚にも僕は笑ってしまった。それはプリントした写真だった。写真の裏に切手を貼って住所を書いて、表に一言メッセージを書いて送られてきたのだ。
 写真は、彼女からだった。
 年賀と書いてない、しかも定形外のハガキのせいで正月には届かなかったのだろう。それともこれは最初から年賀状じゃないのかもしれない。白いサインペンで書いた綺麗な字が、写真にいい味を与えていた。

 ねえ、わたし、上手に笑えてる?

 ピースサインを構える彼女は、微笑まずにはいられないほど見事にピンボケした笑顔だった。

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2004/01/01 (Thu) 年賀オダギリ島村矢吹

 十数年前。
 小学校の同級生のコウジくんは、なぜか年賀状を2枚も送ってきた。しかもクラス全員に。しかも内容は2枚を合わせて初めて読めるもの。しかもその内容はひらがなの「あ」。それだけ。一文字だけ。謎だった。そもそも、それが年賀状かどうかも怪しかった。ただ年賀ハガキで来ていたのできっと年賀状だったのだろう。
 それが小学校1年生のことで、その年にお返しの年賀状を送ったので次の年もコウジくんから年賀状が届いた。2年生では違うクラスだった。
 それから一回も同じクラスになることのないまま小学校を経て、中学高校と僕らは進んだ。高校からは違う学校だったし年に一度も話もしなかったけれど、なぜかコウジくんは年賀状を毎年2枚送ってきた。相変わらず2枚を合わせないと一つの文字にはならなかった。
 今思えば、あれはコウジくんの壮大な計画だったのだ。
 今年、やっと年賀状は終わった。
 「あ」「け」「ま」「し」「て」「お」「め」「で」「と」「う」「ご」「ざ」「い」「ま」「し」「た」。

 今年僕は社会人になった。3月に大学を卒業して、4月からサラリーマンとして働き出した。22歳、人生の節目の年、彼からの年賀状は終わった。最後の「た」の横に、小さい字で僕宛のメッセージがあった。
-----------------
 16年もつきあってくれてありがとう。やっとぼくらも大人になるね。おたがい頑張ろう。きみだけがずっとぼくに返事をくれたね。ぼくはきみをずっと友達と思うからね。
-----------------

 そうして、今年も半分くらいが終わった頃、コウジくんが死んだことを知った。たまたま小学校1年生のクラスの同窓会があったのだ。彼は子供の頃から病弱で、しかも親が転勤がちで、友達ができなかったそうだ。3年生のときに小学校を転校していたことも僕は知らなかった。年賀状のあて先が毎年変わっていたのはそういう理由だったのか。ほとんど気にすることなく僕は彼に年賀状を書いていたことをちょっとだけ後悔した。
 看護士になった同窓生が、たまたまコウジくんの担当になったらしい。コウジくんは中学の途中から入院生活を余儀なくされ、ずっと東京の病院にいた。7年か8年か……青春の時間を病院でずっと過ごすという苦痛を考えるといたたまれなくなってきた。彼は痩せ細り、毛も抜け落ちてまるでお爺さんのような外見だったそうだ。ここだけの話といって看護士の彼女は言った。彼はずっと前から、ドクターの間で「長くないだろう」と言われていたそうだ。
 そんな彼がどうにかこうにか生き抜いたのは、「友達に手紙をかきたいから」だと言っていたらしい。どうやらそれは僕のことらしかった。
 彼のメッセージが、そのときやっと意味を持った。

 来年の正月、彼からは年賀状は届かないだろう。けれど、僕は彼に年賀状を書くだろう。それは投函しないけれど、僕の書く内容はもう、決まっている。彼のことを何も知らない僕と、僕のことを何も知らない彼だけれど、僕らはきっと親友だ。幼馴染か、腐れ縁かは知らない。とにかく僕らは友達なのだ。
 だから、僕は引き出しの奥に一枚だけ、届くことのない年賀状をしまった。
 あけましてありがとうございましたって書いた、年賀状。

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