--/--/-- (--) スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |


2005/05/31 (Tue) いのち譲渡法

 少し先の未来のこと。議論され続けていた「いのち譲渡法」がついに可決・施行されることとなった。
 前世紀から続くひきこもり・ニート・不登校・フリーター・鬱者の社会貢献の一環として主に力を発揮するはずだが、すでに議論され尽くした通りに、それ以外の人の利用が圧倒的多数を占めるだろうことは誰にでも予想できた。
 机上の数字だけを見てフリーター問題に取り組もうとした政治家達が見落としたのは、水面下で苦しむ、誰にも打ち明けられない孤独な大人たちだった。
 ”いのち”を他人に譲渡することが法律で許されるのだ。それは、国家が認めた自殺だった。
 自身を無価値と断ずる若者や、あるいは疲れきった大人や、そのどちらでもない”無”を心に抱える大人たちは、まっさきにその法律の恩恵に与った。
「私の”いのち”を他の人にあげてください」
 手続きは簡単だった。
 最寄の病院で献血ならぬ献命をするだけ。書類にサインし、その場でのいくつかの問診に頷くだけ。あとは目を閉じているだけで自らの”いのち”は身体を抜ける。病院で苦しむ患者には高額で”いのち”が売られ、その代わりに確実な回復を望めるという。
 このまま続けば、”いのち”のストックが病院に有り余るだろうことは子供でも分かっていた。
 生きたいと望む人よりも、そうではない人の方が多いということを、法律は証明してしまった。
 その裏で、高額を支払って何人分もの”いのち”を生きる悪党が出ることも当然だった。簡単な風邪にも”いのち”を投与されるようになり、寿命は爆発的に延びていった。でもそれも関係ないだろう。疲れやすい時代だ。最高の癒しもあり、逃げもある。
 疲れたならその”いのち”はさっさと誰かに譲り、リタイヤすればいい。

スポンサーサイト

読みきり | trackback(0) | comment(0) |


2005/05/28 (Sat) ジュース

 暑くて暑くてだるだるな季節になってくると、性懲りもなく俺はまたあのジュースを作る。
 保存は冷凍庫。でも全然凍らない。とろりとしていて甘くてキンキンに冷たい、夏には最高のジュースだ。凍るほど冷たいのに一瞬で燃える。最高なのはこのジュースが俺の寿命さえ奪ってくれることだ。死ぬほど冷たいジュース。けど腹いっぱいになるから死ぬほどは飲めない。
 どこに売ってるかって? 近所に車屋があるんだ。
 欲しければ行ってみればいい。やみつきになるよ。なんか嬉しくて涙さえ出てくる。
 なにやってんだ俺、って思う俺と、だから早く飲まなきゃって思う俺。
 グリセリンなんて飲み物じゃないけれど。

読みきり | trackback(0) | comment(0) |


2005/05/26 (Thu) 道

 ――どんくらい歩いたかな。もうそろそろゴールが見えてもいいはずなのに。
 ペンもクレヨンもチョークも白い石のかけらもなくなって、足も棒というより激痛の元になって、休みながら壁に手をつきながら歩き続けている。砂漠のようなトンネルだ。どうして入ったのか、そのときの気持ちは今となっては思い出せない。けれど後悔とは違う感情が今の僕を包んでいる。先も分からないのに、僕のこころが囁く。あとどのくらいで終わりだろう。もうすぐゴールに違いない、と。
 もうすぐだもうすぐだ。そう思うようになってから、また気が遠くなるほどの時間が過ぎた。
 ゴールは見えない。ずっとずっと先も、果てしなく長い直線が続くだけだ。遠近法ってなんだっけ、って言いたくなるくらい真っ直ぐに続いていくトンネルは、天井に等間隔に続くランプだけですべてを照らしている。見えるものがすべてだった。

 はっとして目が覚める。道の真ん中でまた気を失っていたらしい。どれくらい眠ったのかも分からない。どっち向きに歩いてきたかも分からない。目印のチョークを使い切ってしまったからだ。ただ、お腹は減らない。足の痛みは少しこうして座っていればよくなる。そうして続くのだろう。拷問のようなこの道と、僕の運命は。
 自殺するための場所も道具もチャンスもない。餓死もできない。続けるしかないのだ。
「ねえ、そろそろ終わりだと思うでしょ」
 ときどき、いきなり目の前に白く光る女神みたいなのが現れる。幻覚だろう。
「終わりにしたいの?」女神は優しく微笑む。顔は見えないけど、口調が微笑んでいるように思えるのだ。
「終わりか…それが何なのかも分からないよ」僕は言う。「この道が終わったところで、その先に何があろうと僕はそれに適応できるだろうか? ときどき考えるんだよ。…無理じゃないかなって思うんだ。今こうして歩くだけが僕のすべきことで、その先のことは僕にはできないことなんじゃないかって」
「そう」
「僕の話はいい。ところでキミは何だ? どうしてときどきこうして僕に話しかけるんだ。お化けか?」
「わたしのことを知りたいの? どうして」
「考えることが欲しいんだ。無限に道が続くなら、何かを考えてなきゃやってられない。何も考えずに歩くのは死んでるのと同じだ」
「それはひとつのゴールよ」
「え?」
「何も考えずに歩くことができれば、自殺したり事故死したりしたのと同じ。あなたがいなくなることと同じなの。それを望むの? チャンスがあればそうしたいの? そうなりたいの?」
「…分からないよ。こうして今、すごく落ち着いてキミと話していることが信じられないくらい分からないんだ」
「逆説的ね。まだ大丈夫ってことかしら」
「ところでキミは――」
「わたしに聞く前に、あなたはわたしを何だと思ってるの?」
「…女神か悪魔」
「そう」
「どっちだ? 僕にひとときの幸せをくれる女神か、それともその後で奈落に落とそうと考える悪魔か!」
「人間かも、って思わないの?」
「思わないね」
「どうして?」
「人間だったら悩むだろう? 僕と一緒に悩むはずだ。でもキミはそうしない。僕のことだけを考えて、僕に考える余裕さえくれるんだ。完全無欠の天使か悪魔かどっちかだろうさ」
「そこまで頭が回るんなら、大丈夫みたいね。また先行って待ってるから。必ず来てね」
「真っ直ぐ進んでりゃ会えるんだろう? 必ず会うさ。寄り道する場所もない」
「そう。じゃ、行くのよ」
「今はちょっと疲れてるんだ。もうちょい眠らせてくれ」
「だめ。行くの」
「どうして」
「それを考えながら行けばいいじゃない。眠るよりは救いになると思うわ」
「まるで奈落だよ。その考え方は」
 僕はなぜか嬉しくなってきた。
「なあ女神」顔を上げる。「女神じゃなくてもいい。聞いてくれ」
「なあに?」
「犬を殺したら叱られて、火星人を殺したら褒められる。女の子を監禁したら叱られて、うさぎ飼ったら褒められる。鳥を獲ったら叱られて、虫を採ったら褒められる。人を泣かせたら叱られて、笑わせたら褒められるんだ」
「……」
「叱られることは悪いことだからだろう」
「……」
「僕は行くよ。なんか、少し分かってきたんだ。道を歩いてるだけなのに、こんないらないことにまで考えは及ぶ。どうしようもなく暇になったら叱られて、どうしようもなく忙しくなっても叱られるんだ。だから行く。キミもそう思ってんだろう?」
「また逆説的なことを」
 女神が、ちょっと笑ったように見えた。
「僕は歩くの遅いけどいいかな」
「それは叱るとこじゃないわよ?」
「そうか。じゃあ、ちょっと先行って待っててくれ。必ず行く。必ずだ」
「うん。じゃあまたね」
 キッスもなしで、女神は消えた。急に辺りが少し暗くなって、僕はよいせと起き上がる。寝ていたのか? さっき目を覚ましたはずなのに。
「せめてチョークくらい置いていこうよ」
 右も左もわからないトンネルの中で、僕はまた行き先を勝手に決めて歩き出す。こっち側に向かっているのか向こう側に向かっているのかは、正直分からない。それでも、僕は行く。
 ゴールはもうちょっと先らしい。

読みきり | trackback(0) | comment(0) |


2005/05/23 (Mon) 永遠

 ラブソングを嫌いになったのはいつからだろう。
 大人も子供も、どこで生まれたかも、何を信じているかも、どんな目の色をしているかも、どんな肌の色をしているかも、何も関係なく世界中で今日も明日も誰かが歌う。愛は最高だ。愛こそ全てだ。…みたいなことを。うん、もうわかったよ。はいはい。
 だから何?
 お前の個人的なことはどうでもいいんだ。お前にしてみれば「1億人の中で俺がこう思ったから愛は最高だ」なんだろうけど、それを1億人が言っているんだ。だからお前もってことになるんだよ。
 愛は最高だ? どうして僕にだけそれが分からないんだろう。世界中の全ての人が愛を最高だと認めているのに、僕にはそれが分からない。カネをより多く持っている人がいて、セックスをよりうまくできる人がいて、何にもできない僕がいる。世界はそれだけだ。享楽的に生きることがまるで当たり前の、バブル真っ只中の馬鹿たちの思考は今も続いていて、愛とカネとセックスを至上ととらえ、人生だとか幸せだとかを考えることはギャグの一部にされてしまう。そんな世界だ。だから絶望する。全ての人に。
 けれど絶望しながらも生きるしかなくて、生きているとだんだん分かってくることがある。どっかのミュージシャンは「永遠なんてない」と歌ったけれど、僕には違う。「永遠」は存在するのだ。明けない夜がないから、とか、やまない雨はないから、とか、そういうチープなものと比べて短絡的に永遠はありませんでしたー、なんて決め付けるアホの考えに誰もが染められてしまっている。永遠はあることに気付いたんだ。
 ただ、「永遠」」ってのは相性があって、「愛情」とか「安らぎ」とか「幸せ」とは相性がよくない。逆に、これ以上ないってくらいにハマるのが「絶望」と「苦しみ」と「哀しみ」とか、そういう感情だ。なぜなら、生きることがこれ以上ないくらいに永遠に続く苦しみと絶望そのものだからだ。永遠ってのが宇宙の始まりから終わりまで、って思うから「ない」と判断しちゃうんだよ。その中の一瞬の、人の人生という単位で考えれば、そこらじゅうにゴロゴロ転がっている。永遠は…永遠の苦しみは。
 だからラブソングを嫌いになったのかもしれない。
 奪い合い殺し合うことが愛することなら、そういうレースからさっさと降りたい。クラッシュしたからもう降ろしてくれ。これ以上、あと何周回ればいい?
 …手を引くのはやめてくれ。

読みきり | trackback(0) | comment(0) |


2005/05/15 (Sun) フレックスタイム

 たぶん、1日が30時間になっても40時間になっても同じことだ。少なくとも私には。
 仕事に行く時間が12時からなら朝5時か6時に眠るのだろうし、15時からなら朝9時ごろに眠るのだろうし、夜7時からなら1時ごろに眠るのだろう。結局同じだ。何もすることがなくても、睡眠時間を勝手に削って「今日も4時間しか寝てない」なんてうそぶくのだ。
 誰にも等しく「今日」は与えられているのに、どうしてそれを多いと感じたり少ないと感じたりするのかなぁ。いや、「明日」はもちろん皆違うけれど、「今日」は同じはずなのに。明日になったら私は死んでいるかもしれないし、それを望んでいるのに、テレビをつけると毎朝私じゃない人が死んでいる。不幸な死に方をしている。どうしてかなぁ? 私の時間は相対的に長くて、彼らの時間は相対的に短い。
 そういう不公平って、ほんとマジやめてほしい。
 やめてほしいのに。
 「今日」がまた続く。
 だけど、思っているうちに気付く。皆の時間は相対的なものだから、私も「私時間」を相対的に長くすればいいだけのことだ。そう、それだけのこと。眠りにつく時間を1時間早くして、目覚める時間を1時間早くする。そうすれば相対的に私の「日中」は長くなるわけだ。サマータイムってこういう考えがもとになってるのかな。
 サマータイムを私の中に導入しよう。いやな「昨日」はさっさと終わり、まっさらな「今日」は(相対的に)長くなるのだ。楽しみな時間も、悲しい時間も、今日は長くなる。けれど、それが昨日のことになってしまえば、またすぐに明日がやってくる。
 私は私の時間をもって生きていく。早く明日が来ないかな、っていつも思う。
 明日になったら死ねるかな。ニュースに乗るくらいの不幸な事故に巻き込まれて。

読みきり | trackback(0) | comment(0) |


2005/05/13 (Fri) プライド

 言葉を選んで人に話しかける。いつのまにかそれが癖になっていた。何かをするフリ(たとえば頭をかく、服のほこりを取る、足元のペンを拾う等)の一瞬で相手の目を見て表情を読み、この時この場でどんな言葉が最適なのかを考える。言語選択の最適化…それは、C++をCの延長でしかないととらえるダメプログラマな俺の唯一の能力? だった。俺の書いたコードはどれもこれも最適化からは最も遠いのだが。
 とにかく人を傷つけないように言葉を選ばなければいけない。
 それに長けているから、俺は仕事ができなくてもなんとか生きて来れたわけだ。”その場を和ませる楽しく気さくな平凡社員”というスタンス。仕事ができなくても「まぁいいか、しょうがねえ」とか「他のやつと組んでやれ」とか言われて、結局何もしないで毎日が終わる。俺がやるのは仕事を遅くすることと、人を傷つけないことだ。
 元気一杯で誰からもそこそこ好かれる人、というのは、俺は本当は大嫌いだ。
 そんなやつに心を開きたくはない。決して。なぜなら、そういう奴は結構簡単に人の秘密をばらしてしまうに違いないからだ。それはつまり”人を傷つけること”だ。
 それが、ちょっとした漢字の読みを間違えたことを注意しただけで、一転した。
「あなたってそんなちっちゃい事も気にするんですね」
「あ、いや、っていうかこの読みはさ、ほら俺も昔間違えたんだけどさ」
「私、傷つきました」
 えーーーーーーーーーーー。
 なになに何なのその傷つきました発言は!? 傷ついた宣言は!? それで俺を一気に加害者呼ばわりするつもりだろう! 俺は! こんなに! 毎日! 人のことを考えて喋ってるってのに! それをお前はちょっとミスを指摘されただけで全人格を否定されたのごとく被害者ぶるつもりか!
 ――人のことを考えて喋ってる? ハァ? おめぇただ人に自分がよく見られたいがための行動だろうが! 世の中の大人はそれくらいちゃーんと分かってんだから、いつまでもいい子ちゃんのフリしてないで自分の生き方見つけろって言ってんだよこのボケヤロウ!
 …なんか心の奥でマジャみたいな声が聞こえる。いかんいかん、まずはこいつをなだめることからだ。それにしても最近の若者は叱られることに慣れてないんだなぁ。怒られると叱られると注意される、っていうことを区別できないのか? まったくどうなってんだよ世の中は! っつって、でもここで「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ」とか言いだすのはあまりにもナンセンスだから――…

 人と人との関係の最適化は、プログラムを書くようにはうまくいかない。プログラムは一人の天才がいきなりすべてを書きつくすことが出来るが、俺たちはそういかないからだ。…って綺麗にまとめたりして。
 あーあ。今日も帰ったら風呂で切るんだろうなぁ…と思う、俺の外面は”気さくな大人”。
 ほんと、疲れる。

読みきり | trackback(0) | comment(0) |


2005/05/09 (Mon) チカラ

 雑誌に載っていた激ヤバ通りでは、書いてあった通りに激ヤバなドラッグや武器や動物が売られている。表向きは普通にアクセサリ売りの露天商たちが、実は激ヤバなバイヤーなのだ。「売」のバイでもあり、「buy」のバイでもあり、バイセクシャルなバイでもある。確かに激ヤバだった。
 そこで買った「感覚シャットダウン」という劇薬を、ついに決意して昨夜飲んでみた。まぁ一種の覚醒剤みたいなもんだった。俺はすでに一通りのドラッグは経験しているので、今さら普通の薬では飛んだりしないのだが、こいつは本物だった。飲まず食わず眠らずで活動できるのは当然のこと、疲れないし集中力も落ちない。っていうかそれ覚醒剤じゃねーか。だが、持続効果が違った。
 一生だ。
 これから俺は死ぬまでずっと、飲まず食わず眠らず疲れない体で過ごすことができるのだ。言ってみりゃ無敵のスーパーヒーロー体質になっちゃったということ。一流のアスリートにもこういった薬を使っている人がいるらしい。これがどういう意味かというと、「1日」がなくなるということだ。眠らないから体内時計がリセットされない。朝も夜も関係ない。だから全てが朝であり、昼であり、夜なのだ。永遠に同じことを続けられる。アスリートは24時間365日かけてトレーニングし続けて無敵の肉体を手に入れる。永遠にセックスし続ける奴もいるかもしれないし、研究に一生を捧げる学者もいるかもしれない。
 そういう感覚だけでなく、常人としての気持ちも失ってしまうのが副作用だ。人としての幸せなど、もう俺には何の意味もない。ただひたすら死ぬまで「俺」を続けるだけ。頂点をひた走るだけの人生だ。

 …それから数十年。
 ふと気付くと、俺は全てを失っていた。金はそれなりに得たけれど、それは労働に対する報酬でしかなかった。1日8時間でなく24時間働いただけのこと。俺がしたことは特に何の意味もなかった。
 恋人も友人もいつのまにか死んでいた。時代は変わっていた。不老不死になったはずではなかったのに、俺は永遠に薬を飲んだあの日のままの俺でいつづけてしまうことに今さら気付いた。
 数十年ぶりに足を踏み入れた激ヤバ通りは、なぜかあの日のままだった。
 しかし時代が変わり、この薬を解除できる特効薬が売られていたので思わず買った。値段は薬の数百倍。当然か、と思った。激ヤバから抜け出すために必要な額は、踏み込むときよりもリスキーなのだ。

 無敵体質を解除した俺は、すぐに数十年ぶりの疲労と空腹に襲われた。適当にメシを済ませると激しい眠気が襲ってきた。これでいい。これが普通なのだ…そう思おうとしても、俺の意識がそれを拒んだ。
 食べたものはすぐに吐き出してしまい、しかしなお空腹は続いた。
 眠くて眠くてまぶたが落ちてくるのに、なぜか不安で眠れない。何かをやり残した気がして、それが何か分からない。気を紛らわせようとして運動しようとしても身体が思うように動かない。
 これが普通なのだ。これがまともなのだ。この不自由さが人の本来の姿なのだ…思おうとしても、理解してるはずなのに、心が、身体が、それを拒む。数十年ぶりに涙が流れた。ちんけな涙だった。誰もそれを支えてくれない、ちんけな俺だった。
 このままボロボロの反動に身を任せていればいずれ死ねる。餓死か過労死かは知らないが、とにかく死ぬことができる。死んだあとでかつての仲間や恋人に謝ろう。そうだ、そうしよう。
 …それでも、激しすぎる空腹で俺は目を覚ます。寒さを感じ、ゆっくりと起き上がる。
 早く死なせてくれ。もう俺には何もない。何もないんだ。
 金だけは残っている。人生をあと数回やり直せるような莫大な額があった。しかし、それに意味はなかった。
 死なせてくれ。俺はもう「俺」でいることに意味はないんだ。
 泣いても悔やんでも、何も起こらなかった。誰も来なかった。
 身体だけが、それでも俺を生かそうとしている。

読みきり | trackback(0) | comment(0) |


2005/05/06 (Fri) たいせつなもの

 お洒落な部屋に憧れ、ついに10万円を越える椅子を買ってしまった。
 この座り心地…柔らかでフィットして疲れないし形状もシンプルながら絶妙な曲線を描いていて、大満足だ。これに座ってDVDとか見ながらコーヒーを飲んでうららかな春の日を過ごせば、たぶんきっとすごく気持ちが穏やかになるに違いない。違いない。違いない。
 そう思っていた。
 ふと気付くと、開けっ放しのクローゼット。ソファに投げっぱなしの白いコート。コードが絡まったコンセントに、ドライヤーや化粧道具まで絡まっている。ごみ箱は2週間くらいごみがたまりっぱなしで、フローリングは髪の毛がところどころに見えていて、いつか掃除しようと思って出した掃除機もそのまんま。タンスなんて下着が入った段が開きっぱなしになっている。透明ガラスの机には酒の空き缶が6本もそのままで、足元にはよくわかんない雑誌やチラシが溜まっている。
 なんか部屋にいるのがいやになってきたので買い物に出た。片付けようという気持ちが起こらないのはたぶん、好きな人がいないからだ。自分を磨こうって思えないから部屋も汚いのだ。…別にいいけど。もう恋愛とか楽しみたい年齢じゃないし。そんなことを思ったら、もうずっと昔、若い頃のことを思い出した。夜のベンチで手を繋いで、キスもしないで話し合っていた初々しいカップル。まだお互いの気持ちを探り合っている段階で、どうすればもっと気が引けるだろう、なんて駆け引きを純粋な気持ちで考えたりして。
 そんな夢みたいなこと、もう、起こりっこない。幸せな時間はとうに過ぎてしまった。
 買い物から帰って、気持ちもなんとなく落ち着いたので椅子に腰掛けて買ってきたばかりのデザートを食べることにした。どれにしようかな、と思ってパッケージを見比べ、ふと気付く。
 「ヨーグルト味のアイスクリーム」
 「プリン味のムース」
 「飲むサラダ」
 …私、本当に欲しいものは何だろう。
 このままじゃいけないのかもしんない。今になって、ようやく気付いた気がして、部屋を見渡す。

読みきり | trackback(0) | comment(0) |


2005/05/03 (Tue) こうかんにっき

 久しぶり。元気? いま何してるの? 夢は叶った? 子供はいるの? 幸せになれた? よかったね。
 そんな疑問符ばかりの交換日記を開いて、ノートをバリバリ破いて火をつけて飛行機の滑走路とかに投げ捨てたくなる気持ちを押さえ、ひとつずつ質問に答えていくことにした。
 ――私は元気だよ。
 ――今、仕事してるよ。望んだことじゃないけど。
 ――夢かあ。何が夢だったのか、もうわかんないよ。
 ――子供なんていないよ。恋人もいないんだ。
 ――幸せになんて、なれるわけがないんだよ。私はね。
 ところで、そっちはどう? 頑張ってんの? 元気? 何してる? …書こうとしたらやっぱり疑問ばかりになってしまう。これでは交換日記じゃない。ただの探りあいだ。
 ――ごめんね。私のせいでそんなんなっちゃって。
 何を書いていいか分からなかったけど、とにかく申し訳なくなってきて、謝ってしまった。ごめん。ごめん。ごめん。私はもう、何が何なのかわかんないよ。物語の中にある恋愛に思いを馳せて、現実を見ることができないんだ。本当は、抱き締められたいだけなんだよ。こういうのって馬鹿みたい? あなたはこれを読んだときに何て思うのかな。後悔するの? 馬鹿にするの? 応援してくれるの? …そんなわけないよね。たぶん、分かってるんだ。責めるんだ。それしかないよね。私なんて。

 5年前の私から5年後の私への交換日記。これを次に開くのは5年後…2010年だ。その未来の中、私は何をしてるんだろう? 本当に書かなきゃいけない未来へのメッセージが、何かあるはずだ。このままの私があと5年も続いたら、たぶんもうダメな人間になっちゃってる。それじゃあんまりだから、何か書いておかなきゃいけない。と、思う。

「まだ遅くないよ。今年で年齢的にも節目だよね。新しいスタートだよ。今からが本番だよ。だからそんなに考え込まないで。あなたはもともと出来る子だったじゃない。ね? だからさ、できるよ。うまくいく。絶対だよ。私が言うんだから間違いないって!」
 …これ、私が私に言ってる言葉? それとも他人へ向けたキレイゴト?
「まだ、遅くないんだよ」
 この言葉、あと何年続けていくつもりなの? いつまでスタートを先送りするつもりなの?
「今が新しいスタートなんだよ」
 そう書こうとして、手を止めた。代わりに違う言葉を書いておく。これは私からの挑戦状だ。
「競争しようか、5年後のあなた。どっちが”先”を走れるかな? 準備ならもうできてるはずでしょ? え? 
もう走ってるって? そりゃこっちの台詞よ。ねえ、ねえ、わたし。私、先に行くから。待ってるから。もしも道に迷ったら、もう一回来てみて。読んでみて。あなたが先に行ったならそれでいいし、私が先に着いちゃってるなら待ってるから。勝ち負けのない競争しよう? じゃあ、スタート!」
 書いてみたけど、やっぱり疑問符ばかりだった。しょうがないなと思って描いてみたウサギと亀の絵は、ちょっともう笑っちゃうくらい下手くそで。

読みきり | trackback(0) | comment(0) |


2005/05/01 (Sun) はじまりの場所

 ここが、僕が僕を始めた原点。
 の、はずだった。
 夕焼けの丘で、通いなれた道を見下ろしながら街並みを眺める…あの頃と同じはずだった。この場に相応しいような、くだらない歌も用意していたはずだった。感動のあまり涙を流してしまうと思ってハンカチを用意していたのに、僕が感じたのは、なんというか、虚しさだった。
 あの頃の僕が歌った歌は、幼すぎる歌詞のせいで安っぽい若者の群像になり果てていた。希望を胸に抱いてなんたらかんたら~…って、今思うと、何を言っていたのか分からなかった。当時、僕を含めこの歌に涙した仲間たちは、どこにあるのかも分からない”希望”をメロディに乗せ、曖昧なままそれを感じていたはずだった。
 今の僕は想像力がなくなったのだろうか? 「いつか必ず夜は明けるさ~」とか「希望を抱いて歩いていこう~」とか、今の僕に言わせれば「ハア?」の一言しか出ないのだ。
 感動したはずの夕暮れのこの場所は、景色は同じはずなのに、何も感じなくなっていた。美しい景色ではあるけれど、それを充分に感じているはずなのに、懐かしい景色を見ながらも僕は「僕が昔好きだった人は今幸せでいてくれているだろうか」なんてことを思って、景色にちっとも集中できない。懐かしむにはまだ早いということだろうか? それとも、当時の心境を思い出すのは僕の心にとって危険なのだろうか。
 自分が成長したことを感じるために帰ってきたのに、あの日とまったく同じ時間、景色、夕日なのに、僕は何も感じることはなかった。思うことは、何度考えても同じ。
 あの頃の僕は、なんて幼かったんだろう。

 どこかにあると思った希望や、いつか明ける夜や、雨がやむ瞬間や、そういうものを何かに例えたくてたまらない時期があった。けれど今は、満員電車の中でそれぞれに別の方向を向いている全然知らない人たちのことを思うだけで、それと同じような希望が胸にじんわりと満ちてくる。僕が関係しない誰かも、僕と同じように日々を生きているんだろう。それぞれの世界で、それぞれに悩んで。
 生きていくこと自体が頑張ること。
 少なくともこの国ではそうだから、生きている全ての人を尊敬できるし、大事にできる。
「もう、この景色も必要ないな」
 僕は数年ぶりに来たこの場所で一言だけつぶやいて、丘を下りた。
 実感は沸かなかったけれど、僕は成長していたのだ。もうすでに、僕はこの場所よりも”先”に進んでいる。たぶんきっと、数年前の僕と同じような年齢の誰かがこの場所で、同じように夕日に感動するだろう。
 行き先の違う仲間よ、数年後、きみはきっと成長しているよ。
 だから今は迷いながらでも進め。
 いつの間にか大人になっちゃってた僕からの、せめてもの言葉だよ。

読みきり | trackback(0) | comment(0) |


| TOP |

プロフィール

Author:ryow

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。