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2002/03/10 (Sun) 世界の片隅で、アイを、叫ぶ

 例えば世界の片隅で、誰も知らない国で、静かな海岸で、鬱蒼とした森の中で、雑踏をゆく街の中で、夜のバス停で、思い出の小学校のプールサイドで、僕はアイを探した。
 それは不毛な旅だった。世間の大人はそれを自分探しの旅だと表現した。子供達は秘密の財宝を探す旅だと表現した。少年達は下らないシステムの一部だと表現したし、英雄達は永遠の平和に繋がる道だと信じていた。
 この国で、僕が生まれたこの国で、僕はやっとそれを見つけた。地球のどこを探しても、いや、宇宙のどこを探しても、きっとこの国でしか見つからなかったはずだ。逆に言えば、この国にいればどこででもそれを見つけることはできるのだ。でも、無駄な旅じゃない。
 旅の途中で立ち寄った全ての店と人に、丸くなって悲しくなって眠った全ての夜に、自問しつづけた全ての道に、それでも凛として立ち尽くせる自己に、感謝を。
 アイは感謝だったのかもしれない。
 また、途中でアイという名の沢山の人に出会った。その人達は少女だったり子どもだったりOLだったりお婆さんだったりしたけれど、全ての人がやはりそれを持っていた。ように見えた。少なくとも僕には、彼女達がそれを…自身の中のそれを享受し、矜持としていたように思えた。それが素晴らしかった。
 アイはこの国の言葉の「始まりの2文字」であり、外国の言葉の「自分」であり、世界を見渡す全ての生物の「目」であり、誰もが欲してやまない、けれど与えることは簡単な「情」であり、実存の世界には存在しない、けれどそれを持ち出さなければ実在を証明できない「虚」であり、虹を構成する6番目の「色」であり、そして、世界の中心だった。
 だから僕はそれを探した。アイを。気付かなかっただけで、誰もがそれぞれのアイを探していたんだ。それは愛かもしれないし、藍かもしれないし、I かもしれないし、i かもしれない。そればっかりは知識として持っていてもあまり意味はない。自分で見つけなければ、それを自分のアイにはできないんだ。だから僕はそれを探した。例えば果てしない空で、広すぎる海で、険しすぎる山で、激しすぎる森で。例えば100万人が集う街で、1万人が通う駅で、100人が並ぶ店で、10人が座るベンチで、たった1人が隠れるドアで。例えばカレンダーの果てで。夕焼けと朝焼けの区別できない光の中で。朝と夜が入れ替わる時間の中で。
 例えば、世界の片隅で。

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