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2002/04/01 (Mon) Into the blue

「何か悩んでるの?」パソコンに向かう女と、女に背を向けてベッドに横たわる男。
「別に悩んでるわけじゃない」男はぬいぐるみを引っ張ったりして遊びながら曖昧に答える。
「じゃあ何か考え事?」
「考え事」男は即答する。
「そっか。聞いてもいいの?」
「そう言ってくれるのが有難い」ちらりと女の方を見る男。女はチャットをしているようだ。
「というか」男が続ける。「聞く前にそうやって聞いていいかって言ってくれることが有難い」言い直してぬいぐるみを抱きかかえる。
「何、考えてんの?」
「漠然としたこと」また男は即答する。
「どんな?」背を向けたまま女は尋ねる。
「現実について」
「へぇー」女は抑揚もなく相槌を打った。
「俺はね」男は目を瞑り、「いや、俺もね。そろそろ頑張らなきゃなぁって思ってさ」
「ふぅん。何を?」
「何もかもを、だ」女がろくに聞いてもいないことを知りながら男は続ける。「金を溜めて、キミに好きな物を買ってあげて、生活を潤すために」
「そっかぁ」
 俺にも欲しいものはあるんだけどね、と心の中で呟く。それから女の方を向き直った。
「仕事を頑張ることをさ」女はチャットに興じている。
「いい加減気付いたよ。ソレに対する感情もなくなってきた。受け止められるようになってきた。だから頑張るんだ。キミの言葉さ。“夢ばっか見てないで現実見てよ!”ってさ」
 やっと女は振り返り「ごめん」と呟く。男は口の端を少し持ち上げ、肩をすくめてみせた。
「いや、いいんだ。夢を見るのはタダだけど、夢を叶えるには金がかかる。そんなことより生活が第一だ。贅沢な暮らしなんかいらないけど、せめて来月の家賃くらいは払えるくらいの貯えがないと意味がない。そうだろ? 男として最低だ。キミを養ってさえいけない」
「あたしも仕事するよ」
 男は静かにため息をついた。それを全て吸い込みなおすように大きく息を吸う。
「うん。それはそれだ。頑張れる分だけ頑張ればいい」そう言いながらこれから買うべき物の値段を計算していく。2人の水着、交通費、食費、自転車、カバン、化粧品、牛乳に卵、そんな生活に欠かせない、けれどくだらない物たち。それらを羅列していくにつれ、そんな当たり前のものさえ買えない現状に泣きたくなりながらも、男は笑顔につとめた。
 いつか少し余裕が出来たら、俺の──……
 いや、俺のための物はいらない。俺が欲しいものなんて目の前の女にとってはゴミ以下でしかない。たとえそれが仕事に必要なものだとしても、彼女の興味にとって必要か否か、それだけが全てなのだ。また男は静かにため息をついた。俺が最後に自分の物を買ったのはいつだろう?
「どしたの?」女がパソコンに向かいながら尋ねた。男はそれを無視して考え続けた。
 カバンを買ったのは4年前、スーツを買ったのは3年前、靴は2年前、Tシャツは1年前だ。今年はそれらを新調したいけれど、そんな金もないだろうな……
 くたくたになったスニーカーを思い浮かべ、男は知らずに涙をこぼした。
 もしも欲しいものがあるとすれば、それは、新しいスニーカーだ。
 今のスニーカーは穴が空いていて役に立たなくなっている。走ると踵がガンガンと痛くなる。それを買うのが俺の夢だな、そう心の中で呟き、男はまた静かにため息を吐いた。
「でもさぁ」女が顔を半分だけ向けて言った。「そんなに肩肘張って頑張んなくてもいいよ」
「無理だ」男はまた即答した。「頑張らなきゃ金が貯まらないだろう」
「お金のことなんてそんなに心配することじゃない」何を根拠にそう言うのかは知らないが、女はそう言った。男は少し眠くなってきていた。
 何かが欲しいと言えば買ってもらえる立場のキミにはわからないよ、そう言いたかったが男は歯を食いしばり、「いいから。心配すんな。今の俺は頑張れるから。心配かけてごめんな」と笑ってみせた。なぜか涙が溢れてきた。それをこぼしてはいけない。ぐっとこらえた。
「それでも」そう言って声が震えていることに気付き、いや、と男は黙り込んだ。女はまたパソコンと睨めっこしていた。
 ──それでも俺には夢があるんだ。
 そう言いたかったが、言葉にならなかった。自分の“生”に何か意味があるとしたらそれだ、と男は信じていた。人に言っても大きすぎる夢だと笑われるだけだと思った。今までの人生でいくつも表現方法を変えてきたけれど、根底にある思いはひとつだった。男はかつて出会った“人生の先輩”のことを思い出した。彼は音楽でその思いを遂げるつもりだと語った。男は今になってその言葉の意味が分かってきた。
 ワンラブ。
 音楽で、絵画で、言葉で、行動で、色んな方法で、世界中の誰かがあるいは誰もがその思いのために今日も汗を流している。そう思えば、男には頑張る理由が生まれるかもしれない。大げさすぎるけれど、世界をひとつの思いで繋げること。それが叶ったとしても自分の人生に何の意味もないことは知っている。自分を認めて欲しいと思う、ただのエゴかもしれない。
「まずは金だ」男は大きなため息をつき、呟いた。女は眉間に皺をよせて男の方を見た。
「これはあたしが昔……小学生のときに言われたコトなんだけど」女はディスプレイの電源を切って男に寄り添うようにベッドに横たわった。

「目の前には真っ白でまっすぐなトンネルがあります。出口も見えないほど長いトンネルです。あなたはこの先へ行かなければいけません。さて、あなたはどうやって先を目指しますか?」

 男は思った。真っ白なトンネルなら、その壁の一面を俺の言葉で埋め尽くしてやる。
「その答えはね」女は続けた。「あの頃は子どもだったから分からなかったけど。今なら分かる気がするんだ。走ってくとかゆっくり歩いてくとかがほとんどで、進まないで寝るとか言う子もいたけどね」女はそこでクスクスと笑った。「壁いっぱいに絵を描くとか、道に花を植えてくとか、歌を歌いながら歩いてくとか、横に穴を開けるとかそんな子もいたんだ。そのときはその子たちは何それ、って言われてたけどね」
「それが、本当にしたいことなのかもな」男は目を瞑ったまま呟いた。
「流石に逆走してくって子はいなかったけどね」
「大人にはいそうだな」
 2人はクスクスと笑った。

 男はテレビを消し、女に軽くキスをして、ベッドから起き上がった。ただ、男にとっては、ぬいぐるみにする口付けも女に対するそれも、同じ感覚に思えた。

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