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2004/01/01 (Thu) 年賀オダギリ島村矢吹

 十数年前。
 小学校の同級生のコウジくんは、なぜか年賀状を2枚も送ってきた。しかもクラス全員に。しかも内容は2枚を合わせて初めて読めるもの。しかもその内容はひらがなの「あ」。それだけ。一文字だけ。謎だった。そもそも、それが年賀状かどうかも怪しかった。ただ年賀ハガキで来ていたのできっと年賀状だったのだろう。
 それが小学校1年生のことで、その年にお返しの年賀状を送ったので次の年もコウジくんから年賀状が届いた。2年生では違うクラスだった。
 それから一回も同じクラスになることのないまま小学校を経て、中学高校と僕らは進んだ。高校からは違う学校だったし年に一度も話もしなかったけれど、なぜかコウジくんは年賀状を毎年2枚送ってきた。相変わらず2枚を合わせないと一つの文字にはならなかった。
 今思えば、あれはコウジくんの壮大な計画だったのだ。
 今年、やっと年賀状は終わった。
 「あ」「け」「ま」「し」「て」「お」「め」「で」「と」「う」「ご」「ざ」「い」「ま」「し」「た」。

 今年僕は社会人になった。3月に大学を卒業して、4月からサラリーマンとして働き出した。22歳、人生の節目の年、彼からの年賀状は終わった。最後の「た」の横に、小さい字で僕宛のメッセージがあった。
-----------------
 16年もつきあってくれてありがとう。やっとぼくらも大人になるね。おたがい頑張ろう。きみだけがずっとぼくに返事をくれたね。ぼくはきみをずっと友達と思うからね。
-----------------

 そうして、今年も半分くらいが終わった頃、コウジくんが死んだことを知った。たまたま小学校1年生のクラスの同窓会があったのだ。彼は子供の頃から病弱で、しかも親が転勤がちで、友達ができなかったそうだ。3年生のときに小学校を転校していたことも僕は知らなかった。年賀状のあて先が毎年変わっていたのはそういう理由だったのか。ほとんど気にすることなく僕は彼に年賀状を書いていたことをちょっとだけ後悔した。
 看護士になった同窓生が、たまたまコウジくんの担当になったらしい。コウジくんは中学の途中から入院生活を余儀なくされ、ずっと東京の病院にいた。7年か8年か……青春の時間を病院でずっと過ごすという苦痛を考えるといたたまれなくなってきた。彼は痩せ細り、毛も抜け落ちてまるでお爺さんのような外見だったそうだ。ここだけの話といって看護士の彼女は言った。彼はずっと前から、ドクターの間で「長くないだろう」と言われていたそうだ。
 そんな彼がどうにかこうにか生き抜いたのは、「友達に手紙をかきたいから」だと言っていたらしい。どうやらそれは僕のことらしかった。
 彼のメッセージが、そのときやっと意味を持った。

 来年の正月、彼からは年賀状は届かないだろう。けれど、僕は彼に年賀状を書くだろう。それは投函しないけれど、僕の書く内容はもう、決まっている。彼のことを何も知らない僕と、僕のことを何も知らない彼だけれど、僕らはきっと親友だ。幼馴染か、腐れ縁かは知らない。とにかく僕らは友達なのだ。
 だから、僕は引き出しの奥に一枚だけ、届くことのない年賀状をしまった。
 あけましてありがとうございましたって書いた、年賀状。

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