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2004/01/20 (Tue) ランプ

 飛び掛った彼は、目の前に立っていた弱そうな生き物を引き裂いた。縄張りに入った奴は許さない。間違いであればすぐに出て行くことだ。立ち止まっているならそれは敵意だとみなし、それがどんな弱者だろうと全力でもってキバをむく。勝利を収めた彼は、いつものように大声でオン、と吠えた。遠くにいた獣達が縮こまるのが分かった。
 夕方、戻ってくるとハイエナ達がその骸(むくろ)にたかっていた。彼はオン、と低く吠えてハイエナを追い払った。倒れていたそれはまとっていたボロキレを引き裂かれ、手足を千切られていた。横に転がっている袋も、大きな穴を開けられている。硬くてカシャカシャ鳴る黒い物も転がっていたけれど、人間臭くて噛んでみる気にすらならなかった。

 サバンナが雨季に入った頃、雨の中で他所から来た、黒い鬣(たてがみ)の大きな獣と決闘した。奴は色んな縄張りを食い荒らす、はみ出し者の乱暴者だった。その悪名は彼の耳にも届いていた。彼の黄金色の鬣と縄張りと守るべき群れの仲間たち、その全てを賭けた決闘だった。
 最後の一瞬、ぬかるみに足を取られた彼は背後を取られた。次の刹那、彼の首から背中にかけて大きな爪跡が。
 ひるんだ一瞬を、黒い鬣を持つ獣は見逃さなかった。彼の瞳を爪で切り裂き、彼の首に噛み付いた。そこで勝負は付いた。奴は彼を殺さなかったけれど、それはつまり群れの仲間の前で敗北者の烙印を押す儀式みたいなものだった。
 負けた彼は、もう群れにはいられない。
 彼を止める獣もいたけれど、決闘が王者の全てだった。彼はサバンナを去り、群れは黒い鬣を持つ獣のものとなった。

 弱っていた彼を狙ったのは、いつも彼の機嫌を窺っていたハイエナやチンパラ達だった。ここぞとばかりに群れで彼を狙い、じわじわと追い詰められた。もはや、ハイエナが欲していたのは彼の骸や血肉ではなく、死に掛けの獣をいたぶる優越感だけだった。
 オン、と大きく吠え、彼は全力で走った。雨の中も風の中も、ひたすら走った。そして、そこがどこでどんな群れの縄張りなのかが分からない荒野に辿りついた。
 彼は、後悔していた。決闘に負けたことも、ハイエナから逃げなければいけなかったことも、全ては自身の高慢から来た油断だった。

 たまたま見つけた洞窟には、小さな泉が湧いていた。足先まで痺れそうなほどに冷たいその水は、なぜか彼の手足と、背中と、目と、そして首の痛みを和らげてくれた。ただ、彼はもう何日も食べていなかった。水だけではチカラが出ない、けれど洞窟を出る気にもなれない。
 洞窟の先に見える明るい荒野が、彼には怖かった。
 もしもまた外に出て、強い獣と決闘することになったら自分は勝てるだろうか。
 勝てるはずがない。満身創痍のままでは、走りすぎて丸くなった爪では、ハイエナ一匹倒せない。そして、彼は今、敗北の先にある恐怖に怯えていた。それはつまり、「死」だった。
 彼は今、生まれて初めて「死」を怖いと思った。

 洞窟の奥はやけに人間臭かった。もしも今、大きな音と謎の石玉を撃ち放つ人間と出くわしたら、俺は殺されてしまう。怖い。けれど、なぜか彼の足は言うことを聞かず、奥へ奥へと歩いていった。
 一番深いところはなぜか明るく、大きな石の寝床と食料が置いてあった。冷たい湧き水はこの辺にも出ているらしい。とりあえず袋を漁り、味のない食事をとった。

 なぜ、ここは明るいのだろう。満腹になった彼はふと、そんなことを思った。どうやら天壁に吊るしてあるガラスと石で出来た引っかかりのあるそれのせいだ。さて、それは何だ?
 彼は前足でべしべしと三度ほど壁を叩き、そして思い切って飛び上がった。
 天壁どころか天井まで、足が届いた。明かりを生んでいるそれを咥え、洞窟の入り口まで歩いていく。

 その小さな明かりのおかげで、洞窟には夜はなくなった。彼はわずかな食料を食べ、冷たい水を飲み、そして明かりを見つめてしばらく過ごした。
 ある雨の日、目覚めてみると明かりは消えていた。ガラスの中にあったのは炎ではなく、太陽のような明るいものだった。それがどうしてか、何の輝きも放たなくなってしまっていた。
 ──ああ、こいつも死んだのだ。
 彼は、そう理解した。その明かりを生む無機物でさえ、死ぬのだ。多分この洞窟に帰ってくるはずの人間も、サバンナのどこかで死んだことだろう。もしかするとそれは、俺が殺したのかもしれない……
 小さな明かりが死に、人間が死に、そして今も……そう、こうしている今も、ハイエナに襲われているシマウマなんかは死んでいくだろうし、あの黒い鬣に殺された獣もいるだろう。それなのに、どうして俺だけが死を恐れてこんな暗いところに閉じこもっているのだ?
 大切な仲間達が殺されている今この時に!

 冷たい水を一口飲もうとして首を下げたとき、彼は口にしょっぱい水が入ったことに気付いた。水に映った自分の顔を見た。黄金色の鬣は今はもう、すすけて色褪せている。奴にやられた目は塞がっているし、やつれてしまっている。
 そのとき、残った片目が水を流しているのを見た。その水は、やけにしょっぱかった。

 彼は、腹の底から、吠えた。オオオンと大きく低い叫び声が、洞窟にこだました。
 雨を睨みつけ、彼は前足に力を込めた。足が埋もれてしまうくらい、地面を削るくらい、鼻をこすってしまうくらいに前かがみになって、全身の筋肉と黄金色の名残を残す毛を震わせ、そして全力で地面を蹴り、飛ぶように駆け出した。
 雨も風もぬかるみも、もう、彼には関係なかった。目指す先は彼の故郷、愛すべき仲間達の待つサバンナ。半分しか映らない景色を睨み、黒い鬣のあいつを倒すため、彼は走った。
 手も、足も、腹も、背中も、鼻も、目も、首も、もう、痛みなんてなくなっていた。

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