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2004/04/01 (Thu) discord life

 わたし、死んだらどうなっちゃうのかな。
 それが彼女の最期の言葉だった。たぶん、その言葉にはいくつも続きがあったんだろう。けれど、彼女が発することができたのはそれが精一杯だったようだ。
「お化けになって出てきてくれ」僕は言った。真顔で言った。そしてずっと一緒にいてくれ、そう付け加えた。彼女はそのとき、頑張るよと答えた。
 ――彼女は多重人格障害に悩んでいた。
 主人格は僕の彼女、サユリ。暗闇が怖いヨシコや、活字が大好きなチアキという2つの人格はときどき現れていたけれど、特に実害はなかった。リストカット常習のシホ、拒食症のアヤ、常に異常脳波(脳内麻薬が異常に出ているらしい)状態にあるジャンキーのキュウ、推定5歳児のアカネ、推定80歳のハルミ、そして手当たり次第に物を壊すタカアキという、計8人格が入れ替わり立ち代わりで彼女を蝕んでいった。彼女も入れれば9人が一つの体に同居していたのだ。
 僕は様々な文献を調べ、ドクターにも尋ね、超心理学者とも話し合い、霊能力者や物理学者の元へも何度も足を運んだ。

 多重人格の原因は、二通り考えられた。ひとつは一般的に言うような、幼少期の何らかのトラウマや現実逃避から人格を分離させてしまうケース。これは主人格とは正反対の人格が生まれることで有名だ。もうひとつは、最初から、そう、生まれる前から魂がいくつも共存しているケース。超心理学者はこちらを唱える場合が多かった。生まれる前に何らかのトラブルが起き、ひとつの体に2つ以上の魂が宿っている場合だ。あるいは、双子が生まれるはずだったのにひとりだけ生まれてきた場合にこのようなことがあるらしい。

 リストカットを繰り返し、拒食症で苦しみ、そして治療に当たるドクターや看護士さえも殴り倒す彼女に、最後まで近づけたのは僕だけだった。深夜になるとほんの数時間だけ彼女は主人格であるサユリに戻る。眠るまでのほんの数時間だけ、僕たちはいつも手を握って話をしていた。暗い病室で、いつもいつも。闘病生活も、もうどれくらい経つのかは分からなかった。
 サユリはいつも、話の最後で泣き出した。彼女は自分の中にいくつの意思があるのかを知っていたし、どうにか頑張って数時間だけ体を使うことを許してもらえていることも知っていた。体を操っていたのは、一番最後に現れた人格であるタカアキだったらしい。夢の中でサユリはタカアキにいつも暴行を受けていた。身も心もすり減らし、どうにか手に入れた数時間だった。僕はどうしようもなくて、手を握ることしかできなかった。病室のパイプベッドは彼女が寝返りを打つだけできしんだ。

 彼女の死因は、正直、よく分からなかった。その前後の行動から見るに、どうやらいくつもの人格が体の取り合いをしていたせいらしい。リストカットをしたり、薬を異常なほど飲んだり、それを吐いたり、窓ガラスを割ったり、怖い怖いと言いながら屋上へ駆け上がったり、ぎゃあぎゃあ泣き出したり、ぶつぶつ呟いたり、そして僕の名を呼んで倒れたり。
 倒れたきり、彼女は起き上がらなかった。心肺停止、脳波微弱。気付いた時には死んでいた。でも、僕は思う。彼女は最後の瞬間、自分を取り戻したのではないかと。

 死後の世界というのを、僕は信じずにはいられない。そうでもしなきゃ、僕らは報われない。もしもお化けになるなら、僕の部屋の僕のベッドのわきに立ってくれ。そして、僕らだけの合言葉を呟いてくれ。彼女が眠りに着くまで、いつも僕は手を握ってそう呟いた。


 彼女の死から数週間経った。
 ある夜、疲れて帰ってきた僕は部屋の電気もつけずにベッドに倒れこんだ。ふと見た鏡には、なにやらぼんやり青いような光が見えた。それは次第に人の形に変わっていった。疲れているはずなのに目が釘付けになった。どうやら金縛りにあっているようで、体はぴくりとも動かせなかった。鏡に映る僕の少し後ろに、その青いもやもやは移動した。
 目を閉じた。もやもやは僕の中でイメージになって、次第に一つの形に収束していった。そのとき思ったのは、なぜか木の枝だった。一本の幹から始まる枝はいくつにも分かれ、伸び、そしてそれを繰り返して際限なく続いてく。けれど、全体を俯瞰してみればそれは一つの木を形作るのだ。フラクタルやカオスは無限に続いていくけれど、それを俯瞰すれば一つの点に収束すると聞いたことがあった。人の心というのも、脳内でのいくつかのニューロンが全体として一つのイメージを作り上げるのであって、電気信号自体は決してイメージではないのだ。
 何を考えているんだ、と自分に舌打ちをした。
 あの人格たちも全部含めてサユリを形作っていた、とでも言いたいのか? 違う。決して違う。あいつらはただの邪魔者だ! サユリは一人でサユリなんだ。

「……おかえり」
 目を閉じたまま、僕はもやもやに呟いた。
「ただいま」
 もやもやは、照れたように笑った。僕にはそう思えた。沢山の言葉を用意しておいたはずなのに、どうしてだろう、何一つ口に出せなかった。ねえ、サユリ。きみはそこにいるのか?
「みんなは向こうで待ってるの。だから行かなきゃいけないの。みんな、わたしがいなきゃダメなんだって。でも、わたし、いつも側にいるからね。いつでも呼んで? すぐに駆けつけるから」
「分かってるよ。分かってる」
「うん」
「なあ、僕が行くまで、待っててくれるかい? そっちで」
「んー。わかんない。でも、ずっと見てるよ」
「一緒にいてくれないか」
「いつでも来るから、呼んで? でもさ、わたし。ううん、わたしたち。みんなであなたを守るから。だから、頑張って」
「ひどいよ、きみはいつもそうだ」
「ごめんね。ほら、なかないで」
「目を開けてもいいかな」
「見えないと思うよ」
「きみを見たい」
「ダメだよ。わたしのことは、もう、思い出だけにしておいて」
「きみを最後にもう一度、見たいんだ」
「いつも見てたでしょ?」
「焼き付けたいんだ」
「だーめ。じゃあまたね、わたし、行くね。みんな待たせてあるから」
「サユ――」

 目を開くと、そこには、何もなかった。
 床が濡れていたり、思い出の品が落ちていたり、手紙が置いてあったり、そんなことを期待した僕は苦笑して、そして、涙した。
 なんて言えばいいだろう。僕はこの先を、生きていく自信みたいなのを失ってしまった。きみが近くにいてくれるとしても、僕はもう、この先を歩けないよ。むかし読んだ小さな小説の主人公たちはこの先を力強く生きていくことを誓って、読者はそれに生きる勇気を与えられたものだ。けれど僕には、それができなかった。
 サユリは、僕たちの合言葉を、最後まで、口にしなかったから。

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