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2004/08/01 (Sun) 物語る人

 意味は、何にだって必要だ。
 逆に云うと、意味がなければ何の必要も必然もないということだ。
 若者が「やりたい仕事・好きなことが見つからない」と云うのは「命がけでやるべき仕事」を欲している証拠だし、その裏返しは「仕事に必要とされて生きがいが欲しい」と願うことで、それはつまり「生きる意味」を欲しているのと同じなのだ。
 かつて音楽家を目指していたとき、一生かかっても絶対勝てない・追いつかないと思える偉人の音楽に触れ、僕はその夢をあっさり捨てた。たぶんその人なら僕が思っている音楽を奏でてくれるだろう。僕よりもはるかに素晴らしいスケールで。

 何度も手首を切った。腕も切った。風邪薬を数種類混ぜて瓶ごと一気飲みした。煙草をすりつぶしたものを炭酸水で溶かして飲んだり注射したりした。腕をしびれさせて感覚がなくなったところでアイスピックで刺した。鏡を見ながら髪を一本一本、1200まで数えながら抜いた。耳掻きを思い切り深く差し込んだ。59時間本を読み続けた。塩を1キロ飲み込んだ。虫を手で握りつぶした。マンションの三階から飛んでみた。膝から顔を出した骨をハンマーで叩いた。
 いろんなことをして自分を追い込んだ。そのたび、自分は何もしていない、何も残していないと思った。それは後悔というか懺悔というか心残りというか、とにかくそういう感情で、やはり何かをしなければダメだと思いなおした。生きる意味、あるいは僕が生きた意味、証、そういうものを残しておかなければ死に切れないんじゃないかと思った。
 そして物語を書き始めたとき、中井拓志と伊坂幸太郎と舞城王太郎の物語が頭をよぎる。絶対に彼らには勝てない。無理。絶対無理。そう思った。またやめようとして、死のうとした。奇をてらったものばかり書いて威張っている最低な自分を絞め殺してやろうと思った。停まっていた車に紐をひっかけてベルトに巻きつけ、300メートルほど引きずられてまた後悔。まだ僕は僕の証を残してないぞ。
 僕が書かなければいけない物語、僕が生きた証拠、それはどこにあるのだろう? 考え続けた。64時間起き続けた。新記録。コーヒーは瓶で9本飲み干していた。

 特別な物語は書けないことに気付いた。
 だったら奇をてらっていない、素朴な物語を残そう。そう思った。3年前に書いた短編が僕のルーツ。もう一度始めてみようと思った。そのとき、またイメージが溢れてきた。やめてくれ、止まってくれ、お前たちを全部書き落とすには時間が足りないんだよ。
「時間なんて関係ねえよ、一秒も無駄にすんな!」
 物語たちが背を押す。素朴な物語なら、いくらでも書ける。こいつらを書ききったら死んでやろうと思う。それは何十年後になるかは分からないけれど。

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