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2004/08/02 (Mon) 世界はトリビアで出来ている。

 トリビア:trivia(英)、くだらないこと・取るに足らないこと。

「何のために勉強してんのかわかんねーよ!」と、彼は受験勉強をほっぽり出して海かどこかへ行ってしまった。七歳年上の彼の兄はバリバリの営業マンで、受験時代の勉強が人生においてこれほど役立った毎日はないと思いながら生きている。微分積分、化学反応式、古文漢文、世界の歴史、ニュートンの公式、あらゆる知識が25歳というひとつの節目を迎えたことで一点に集中し、開花しようとしていた。
 人生に役に立つ勉強など学校では教えてくれない。そのことを学校は教えているのだ。つまり受験勉強とは全てが人生において役に立たないものであり、大人になったら何にもならない無駄な知識でしかない。しかし、昨今は雑学やトリビア、薀蓄といったジャンルの「無駄知識」を持つ者が頭のよい者として扱われるようになってきた。それはなぜか? 簡単である。21世紀、誰もがそろそろ「情報は有用である」と思い始めてきたからだ。
 士農工商の時代が終わり、貴族華族士族の時代が終わり、軍人の時代が終わり、サラリーマンの時代が終わった。これから始まるのは情報を持つ者の時代である。それをどんな名詞で呼べばいいのかはまだ見えていない。しかし、彼の兄は知っている。あらゆる無駄な知識は、ある一点においてのみ有効である、と。
 そもそも受験は何のために存在するのだろう。小学中学高校と12年間も続けた勉強は何の役に立つのだろう。大学以降の60年近い人生においてどれほどの意味を持つだろう。そこに疑問を持つ受験生は少なくない。しかし答えはたった一つだった。
 人間同士のコミュニケーション、である。
 世の中には様々な人がいる。学生の間はそれに気付かないことが多いだろう。周りを見れば誰も同じようなレベルの人間だし、ぶっ飛んだ天才やぶっ飛んだ阿呆もなかなか目にすることはできないだろう。プータローやホームレスや億万長者の生活をリアルに感じることもないはずだ。精神を病んでいる者、人の上に立つ者、死を思う者、犬と暮らす者、全ての人と会話を成立させ、笑いあい、理解を求めあうこと。そのきっかけを――あくまできっかけに過ぎないのだけれども ――作り出すのがつまり、生きていく上で無駄な知識である。
 男女間においてもそれは重要で、「あの人とはどんな話題が合うだろう」「どんなことが好きなのかな」「どんな台詞でくどけばいいのかな」それを考えることも無駄知識の集積によって可能性が広がっていく。
 情報の時代、求められるのはコミュニケーション能力。その礎になるのはあくまでも「無駄」な知識。情報を効率よく集めるためには、沢山の人と知り合えばいい。そのために、沢山の人に会う話題を知っておけばいい。そのための勉強であり、人生なのだ。
 勉強が大嫌いな受験生がいたら、彼はこう教えるだろう。ひとつの教科のひとつの分野でいいから、知識を究めてみろと。全国模試1位の奴も叶わない、一点集中の天才になってみろ。別にそれが受験に関わるものでなくとも。勉強でなくとも。
 そうして究めた知識は、推薦とか一芸入試には物凄く強いから。

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