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2005/04/09 (Sat) 意味

 不意に手紙を書きたくなるときがある。
 だいたいそれは夜中で、懐かしいCDを引っ張り出して聞いたときに沸き起こる感情にも似ている。似ているっていうかそれそのもののような気もする。うん。
 で、書き出しはいつもなぜか疑問形だ。
「今何してるの?」
「元気ですか?」
「最近どうよ?」
 誰にあてた手紙だろう。次の朝にはゴミ箱の中って決まってるのに、私は念入りに言葉を選ぶ。
「私は、笑ってるよ」。
 どんな質問にも答えられる私の言葉。けど、それは表面を表現したにすぎない。笑ってなきゃいけない。泣いても鳴いても誰も助けてくれないし、助けて欲しい人が何もしてくれないなら助けを求めることすら無意味だ。

 手紙を一通り書き終わったら、やっとキャンバスに向かう。昼はバイト、夜は絵描き。この生活がいつか逆転することを願いながら、また筆に思いを込める。ていうか筆が私の思いそのものなのだ。でも夜中に手紙を書きたくなったときなんかは、その思いが少し揺らぐのだ。昔好きだった人のことなんかを思い出して、あの人が今、幸せに笑っていてくれることを願いながらの筆になる。色はいつも淡くなり、次の日の朝に見返したらコントラストが圧倒的に足りない絵になってしまっている。
「なんで絵なんて描くの? 稼ぎにならないじゃない」
 誰もが言う。私は答えない。何を言っても、今の私の言葉ではそれは言い訳にすぎないからだ。

 中学受験、高校受験、大学受験、そして社会人としての試験と、それからの生活。
 人は、成長していくにつれてハードルを越えなければいけない。それが試験だ。その試験の意味というのに最近、やっと私は気付いた。「上」へ進むための頑張りなんかじゃないのだ。
 「上」へ行けないこと、届かないこと、それを確認して自分の立場を認識するための儀式みたいなものだ。私はアレができない、コレができない…だから「上」へはいけない。私は所詮その程度の人間なのだ、だから大それた夢なんて持っちゃダメなんだ、ということを認識するための。
 夢を下方修正するための儀式…それが試験だ。
 なのに、私はそれを認識しきれていない。わかっているのに、諦められない。どうして?
 …その答えを求めるために、絵を描いているのだ。たぶん、すくなくとも、きっと、今の私は。

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