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2001/11/04 (Sun) 鬱

 雨の降る日曜日。傘を持たずに部屋を出て、コンビニの入り口に置いてあるビニール傘を当たり前のようにパクって歩き出す。
 休日だというのに制服でゲーセンにたむろする高校生を横目で見ながらトイレに入ると、学ランを着たピアスだらけのクソガキがカツアゲをしていた。される方は怯えながら財布を差し出している。高校生くらいだろうか。こいつらにとっては世界の全てが高校生なのだろう。大人とか子どもとか、外国とか世界とか、文学とか数学とか、もっと大きな視線で世界を見れないからこんなチンケな奴らに怯えて毎日を過ごしているんだ。
 俺はピアス野郎の耳を引っ張った。ビシ、と変な音がしてピアス野郎が顔をゆがめる。間髪いれず股間を蹴り上げ、顔の位置が下がってきたのでぶん殴って便器に埋めてやった。
 弱いものいじめ。暴力。発散。本能。快感。いろんな言葉が浮かんだ。俺を見て怯えているもう1人の学ランの腹を殴ってトイレから出る。用をたすのを忘れていたことに気付くが、再び入っていくのもダサいかもしれないのでやめておく。
 憂さ晴らしの手段は、本能に従うことだ……そんなことを言った馬鹿が昔いたような気がする。小動物を殺したり人を殴ったりメシをたらふく食ったり女を抱いたり思い切り寝たり物を壊したり人の幸せを壊したり人の心を壊すことが、一番簡単なストレス解消法なのだと。しかし、そんなことはネアンデルタールのやることじゃない。新人類と呼ばれた下衆のやることだ。そういえば俺もその新人類の末裔だ。ならばやはり、根幹にあるのは狂気や欲望か。
 だが、厄介なのは「慣れ」だ。犯罪も幸せも、狂気も殺しも全て慣れてしまえばなんてことはなくなる。虫を殺しても何も感じないように、気持ち悪いな、程度にしか感じられなくなってしまうことだ。だから人は絶えず刺激を求めるのだ。例えば女は、ドキドキした感覚を恋愛のそれと勘違いしてしまうことが多い。だから暴力的だったり危険だったりするヤンキーに憧れてしまうケースが多い。往々にして十代の小娘にその傾向が強いのは、感受性が豊かで常に刺激を求めるからだ。そして世間的に「ダメ男」に傾いていく。それもまた新人類の傾向だ。要するに、サルと同じということだ。
 ならば絶えず新鮮でありながら慣れることがないものとは何か。
 ずばり言おう。それは正義だ。
 正義こそが真に本能を満たす。柔らかで暖かな心の流動、それこそが暴力より犯罪より金より欲望より遺伝子よりハッキリした本能だ。
 慣れるのは簡単。やめるのは簡単。死ぬのも簡単だ。だが本当の満足は、それらの対角にあるものだ。そう思いながら、俺は雨の中を歩く。誰かの傘を持って、誰かの金を使って、誰かの喜びを奪って、俺の喜びを失いながら。


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