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2001/11/15 (Thu) 奪われるばかりの日々でも力強く

 世は『癒し新時代』。激動の昭和を生き抜いた僕らの1つ上の世代は今、守るべきもののために日々を生きている。そして僕らといえば、失うものもないくせに守りに入ってたり、逆に時間を無駄にすることを至上とするかのごとく喪失を求めてる。
 その先にあるのは、癒しそのもの。

 汗をかくことで体を癒した'90年代前半。べそをかくことで心を癒した'90年代後半。そして新たな世紀を迎えた僕らは今、新たな癒しに辿り着いた。
 それは以前から語られてた、人の在り方そのもののはずなのに、誰もが認めたがらなかった。何故なら、それは特別だから。言うなれば背徳の安息。逆説の治癒。
 人は人を映す鏡。それを皆が認め始めた。そう、人に見られることで自分を癒す、快楽にも似た癒しの形。『自分探し』と云う名の現実逃避を重ねてた人々は、ある意味、そこへ辿り着いた。

 つまりは『排泄』にも似た快楽。リアルでは言えぬことを大声で叫べる奈落の落とし穴。王様の耳は、何だった?
 汗を、涙を、体液を、排泄する代わりに言葉を排泄することで得られる癒し…そして他人の叫びに対する共感と憧憬により得られる癒し。それは、こんな時代だからこそ生まれ認められそして広がっているのかもしれない。こんな時代だからこそ、テキストサイトは必要なのかもしれない。

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